香橘(こうきつ)

生産者:十秋園(とあきえん) 野久保 太一郎さん
和歌山県田辺市

桜の開花を喜ぶのも、つかの間。春の先取りと、和歌山を訪ねたのだが、報告する前にさっさと桜の盛りは過ぎてしまい、すっかりタイミングを逃したようだ。

しかし、心配することなかれ。「果樹王国」和歌山県のなかでも田辺市上秋津なら、一年を通して柑橘類が収穫されている。その品種や地域の取り組みなどについて、ちょうど1年前(レポート47)に紹介しているので、参照をおすすめしておく。

今年、訪ねたのは、十秋園という果樹農家。五代目の野久保太一郎さんと両親、父の登司(たかし)さん、母の洋子さん、親子の一家で営む。周辺には、野久保家のような代々受け継ぐ山中に家のある果樹園が多く、山間にぽつぽつと離れて家の建つ独特な風景を目にし、あらためて果樹王国といわれる所以が実感できた。

十秋園は、約4haの山で梅と柑橘類を半分ずつ育てている。「柑橘類に関していえば、秋津全体では80にもなりますが、うちは24品種を育てています」と太一郎さん。

主力は温州みかんという。この地域で採れるのは“紀南みかん”のブランドで知られたみかんである。加えて、秋津地区の価値を高めてきた多様なみかんを扱う。

「柑橘類は、栽培を始め、安定して収穫できるようになるまで、15から20年はかかります。それを、いろんな品種にトライして試行を重ね、今や数多くが残されているのですから、祖父や父の努力には頭が下がります」と太一郎さん。

そうした先代たちの取り組みの結果、それぞれの果樹園では、手間はかかるが自然に近い環境と農法で育てられるようになっているという。しかも、品種ごとで生育時期が異なるために、季節ごとに何かしらのみかんが出荷できるのだ。

野久保家の前庭で話をうかがっていると、洋子さんが、数種を一口大に切り分け、盛ってくれた。「こうすると実も食べやすいでしょ」確かに、小振りになった実にかぶりつくようにして食べるのは、皮をむく手間も省け、新鮮な食べ方だった。

大きめのデコポンや三宝柑、それに、清見、タロッコといったオレンジに似たのも、同じような大きさになって盛り付けられると、食べ比べしながら手がつい出てしまう。タロッコ(ブラッドオレンジ)のような果肉が赤い特徴もよくわかる。甘味と酸味のバランスによって異なる微妙な味わいの差というのが、比べることで明快になっていく。

「いずれも、4月が最盛期です。注文に応じて、母が荷造りしているのですが、色や形の組み合わせを楽しんでいますよ」と太一郎さん。じつは洋子さん、絵画を学生のころから続けている。キャリアも十分、定期的に個展を開くほどの腕前である。

「荷の中に、私の絵のポストカードと手紙を添え、お送りしています」という、その送り先も、ほとんどが個人注文で、今やリストは1,000件を超えるそうだ。

「この時期、うちのおすすめは“香橘”。父が原種の苗から育ててきたのが、数年前からいい具合に育つようになっています。実は小さく黄色なので、見た目は酸っぱそうですが、みかんより爽やかな甘味が好評です」太一郎さんが手にしたゴルフボール大の香橘は、温州みかんとユズの交配種だ。

田辺市秋津地区は、少量多品種、通年の出荷で活路を広げてきた生産地だ。梅は加工販売で商品価値を高める一方、柑橘類は、あくまでも生の味が売り。両方を兼ね備えた果樹園は、一つひとつが独立した個人企業として成り立っているようだ。十秋園の個性も、その一例とみれば、果樹王国和歌山の強みも納得できるのだった。

[取材日:2014年3月28日]

十秋園みかん畑の山に立つ太一郎さん。同じようなみかん畑の山間に家が離れて建つ集落の様子も見てとれる。
自宅の前庭に設けられたテラス。裏山に見えるのが、すべて十秋園のみかん畑。
一口大に切り、盛り合わせになったみかん各種。黄色で小さいのが、香橘。
果肉が鮮やかな(血のように)赤いブラッドオレンジ。じつは、すっきりと甘い。
作業場の一角に設けられたアトリエ(大きなイーゼルが見える)で資料を見る洋子さん。出荷の箱に添えられる自作のポストカードと手紙。

香橘(こうきつ)

取材協力
東果大阪株式会社
http://www.toka-osaka.co.jp/
十秋園(とあきえん)
電話:0739-35-0610 ファックス:0739-35-0383

[ 掲載日:2014年4月10日 ]