答えから辿る、職人の心意気

西原 理人 まさと さん
「白 Tsukumo」店主

「蕎麦の最初のひと啜りに、答えがありました。私が目指すべき、料理人としての生き様の」。『白 Tsukumo』店主・西原理人さんは、目を輝かせながらそう語りはじめた。

西原さんの料理人としてのキャリアは、高校卒業後『京都嵐山吉兆』での10年間からはじまる。「偉大な先輩方から学んだことが、僕の礎になっています」。その後、軽井沢にあった蕎麦懐石の名店で2年。さらにはニューヨークの精進料理店、ロンドンの日本料理店など約6年間の海外生活では、俯瞰して日本を、日本料理を見つめ直す機会に恵まれた。その修業のなかに、影響を受けた何かが潜んでいるのかと思いきやーーー。

「かつて京都・太秦にあった蕎麦屋『味禅』の大将・日詰正勝さんが打つ蕎麦です」。
『京都嵐山吉兆』での修業時代、蕎麦好きの先輩に連れられ『味禅』の暖簾をくぐった西原さん。何の固定概念もなく、目の前に供されたざる蕎麦を一口…。

「とにかく衝撃的でした。それは、“究極”以外の何物でもなかった」。

食感や喉越し、香りや味わい云々をはるかに超えた、「頭を撃ち抜かれるくらいの感動」が、日詰さんの手による、蕎麦とつゆに潜んでいたという。その後、足繁く通い、黙々と蕎麦と向き合った。寡黙な店主とは一度も会話をすることもなく、だ。ある日、女将さんの旧姓が「西原」という、ふとした話題がきっかけとなり「それなら今夜、ウチに鍋食べにおいで」と日詰ご夫妻とぐっと親密に。「鍋を囲み初めて、大将とお話させて頂きました」と当時を懐かしむ。すると、「大将が、“蕎麦打ちのプロ育成コースを開いているから、興味があるなら来なさい”と」。西原さんは将来、独立した際には懐石料理のなかに一品、蕎麦を入れたいという夢があった。「何しろ好きですし、当時、蕎麦打ちできる日本料理の料理人はほとんどいなかったから」。修業の身だったため、「職場の誰にも言わずに内緒で(笑)」蕎麦の修業が始まった。当時、西原さんは23歳。休日の蕎麦教室通いは5年間、続いたという。

刺激を受けた「味」が目指すべき答えであり、そこから蕎麦職人・日詰さんという「人」との出会いと「技」という核心に触れることになる。「必ずマンツーマンで教えてくださいました」。日詰さんは医療関係の仕事を経て、蕎麦好きが高じて独立した人物。「大将は、各地の蕎麦を食べ歩き、ものすごい書物から学び、独学で道を切り開いた職人。ときには知人や友人、約500人に蕎麦をふるまい、“お代は結構。代わりに本音を聞かせてください”という会を開いておられました」。様々な意見を集約し、その中から最上級の蕎麦を導き出したのだろう。ある日、西原さんは「師匠はどなたですか?」と日詰さんに尋ねたところ、「“忌憚なき意見をくれる500人の皆さんが師匠”だと。頑固一徹の大将から、“お客さんが師匠”といった言葉が出てくるとは。凄い方だと思いました」。技に至っては、「“12の目で見なさい”と」。10本の指も目のうち。指先の全神経も使い蕎麦を打つ技を、みっちり学んだ。
蕎麦打ちをはじめて、10年の歳月が流れたある日、西原さんは新境地に至った。「蕎麦は切る、じゃないんです。蕎麦包丁で“噛む”感覚が大事なのだと」。そうして、蕎麦包丁を入れる時点で、麺の状態=湯がいた後の喉越しに至るまでを把握できるようになった。
「大将は、蕎麦つゆに和三盆を使っておられました。つゆに優しくも奥深い甘みが加わるのです。原価を考えたら、どんな名店でも使うことがない。しかも、使ったところで気付くお客様はほとんどいない。でも使い続けたのです」。日詰さんのことを知れば知るほど、確固たる信念を持つように。「麺を湯がく時間を1秒増やそうか減らそうかという次元で悩みに悩んだり。求め続けるとはこういうことなのだと。そして、自分のなかで常に進化し続ける、その姿勢を教わったのです」。

2015年12月、日本最古の地・奈良に「白 Tsukumo」を開店。昼の「一汁三菜」、夜の9品からなる懐石料理のなかにも「手打ち蕎麦」の文字。蕎麦の師匠から学んだことを軸に西原さんが思う、自身の究極を追求し続けている。「大将は九一蕎麦でしたが、私は8.5と1.5の八五一五で蕎麦を打っています。二八の喉越しと、九一の極致、どちらも捨てがたく、行き着いた割合です」。さらに。蕎麦の技を会得したことで、料理の幅も広がった。日本料理の要である一番だし(利尻・ 沓形 くつがた の浜の昆布と、本枯節を使用)、鯖節を加えてひく骨太な濃出汁(二番だし)のほかに、羅臼昆布と4種類の節を配合する蕎麦つゆも作る。また、3ヶ月寝かせ、味わいに丸みを持たせたかえしは、大和牛のステーキのソースに用いるなど、独自の発想が光る。
「追求し続ける姿勢を忘れず、より深みのある料理を作ることができれば」。日詰さんと蕎麦との衝撃的な出会いが、今なお、西原さんの料理人人生をより良き方向に導いてくれている。

[2019年1月29日取材]

「奈良で古くから伝え続けられている神事に参列させていただく機会もありまして」と西原さん。悠久の歴史に育まれた、奈良を感じていただける食を、と目を輝かせる。
「白 Tsukumo」
住所 奈良市三条町606-2 南側1F
TEL. 0742-22-9707
営業時間 12:00〜13:00、17:30〜20:00
定休日 月曜、毎月最終日、火曜の昼、毎月1日の昼

[ 掲載日:2019年2月20日 ]