エイとキャベツの料理

「私の料理人人生を変えたと言っても過言ではない料理があります」。
フランス料理店「レストラン パトゥ」オーナーシェフの山口義照さんは、静かにそう切り出した。
「『コート・ドール』のオーナーシェフ・斉須政雄さんが作る、エイとキャベツのお料理 “エイのクールブイヨン煮 シェリー酢バター”です」。
東京・三田にあるフレンチの名門「コート・ドール」のスペシャリテであり、斉須シェフがかつて働いていたパリのレストラン「ランブロワジー」のシェフ、ベルナール・パコーさんの代表的な一皿だ。
山口さんがこの料理に出会ったのは21歳のとき。休日になれば関西のレストランの食べ歩きを欠かさなかった山口青年。当時、修業をしていた「コム・シノワ」オーナーシェフ荘司索さんから「東京だけど、食べに行ったら?いい勉強になると思うよ」と勧められ、早速「コート・ドール」へ。「コース料理を頂いた中で、最も衝撃を受けたメニューが、エイとキャベツの料理でした」。使われている材料は、あまり見向きもされないエイと、馴染みのあるキャベツ。ソースはシェリー酢とバター、塩、コショウだけ。高価な食材を使うのではなく、色彩や盛り付けが美しいわけでもない。だからこそ、最小の組み合わせで最大のインパクトがあった。「当時の関西では甘めのソースが主流。ですから、シェリー酢の鋭い酸味とバターとの出会いに驚きましたし、エイの繊細な食感やキャベツの素朴な甘みなど、総合的な味わいのバランスに心が震えました」。
シンプルでいて人の心に残り続ける味—。求めていた料理がそこにはあった。
4年半、「コム・シノワ」でみっちり経験を積んだ山口さん。その間、荘司さんからは、物事に対する発想力を学んだ。「荘司シェフはとても感性が豊かで、アイデアがどんどん出てくる料理人。フランス料理はもちろんですが、エッセンスとして東南アジアやイタリアなど、あらゆる国の料理やスタイルを教わりました」。自身にはないそのクリエイションは、刺激の連続だったという。
修業期間を終えた山口さん。荘司さんから「次の修業先、紹介してあげるよ」と声がかかり、かつて札幌にあった「コート・ドール」の立ち上げスタッフとして1年半、その後、斉須シェフの元で2年研鑽を積むことになる。
「東京の『コート・ドール』に入り、最初の仕事は従業員用のトイレ掃除担当でした」。トイレ掃除ひとつをとっても、店ならではの流儀があった。「水を流し終えてから(流し終えた音を聞いてから)トイレの外へ出ないと、先輩からひどく怒られるのです」。要するに、何事も周囲に気を付けながら仕事をしなさい、ということ。1日に何度もスタッフ全員で行う掃除は、その段取りや手順など、料理に通じるものも多くあった。「斉須さんからは、人として、料理人としての考え方や姿勢を教わりました」。ごまかさず実直に。その考えは、“必要なもののみ皿に盛り、不要なものはのせない”。そんな山口さんの料理に対する考えの礎になっている。
山口さんが「パトゥ」で供する料理には、ひとつの信念がある。“その場で作る、できたての味”だ。ホワイトアスパラガスとトリ貝の前菜なら、オーダーが通ってからアスパラの皮を剥き、ふつふつとした湯で20〜30分ゆがくところから始める。肉料理や魚料理のソースも然り。作り置きはせず、最も美味しいその瞬間を見逃さず仕上げる。もちろん、テリーヌや和牛テールの赤ワイン煮込みなど、時間を経て味に深みが出るフランス料理も存在するが、一方で「できたての味は、香りが全く違います」。だからこそ、山口さんの料理には、シンプルだからこそ食べ手を惹きつけてやまない魅力がある。
[2018年5月14日取材]



住所 | 神戸市中央区中山手通3-5-10 |
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TEL. | 078-392-8216 |
営業時間 | 11:30~14:00(L.O) 18:00~21:00(L.O) |
定休日 | 火曜日 |

[ 掲載日:2018年8月20日 ]