背中を見続けていたい2人の師匠

連 久美子さん
マルケ料理専門「オステリア ラ チチェルキア」店主

イタリア中部・アドリア海沿岸にあるマルケ州。連久美子シェフは、縁もゆかりもなかったこの地へ渡り、同州のレストランで1年半修業をした。生まれも育ちもマルケの料理人を師匠に持ち、帰国後は日本で唯一といえるマルケ料理専門店「オステリア ラ チチェルキア」を開店。今年、4年を迎えた。

「まさか私がイタリアンの料理人になるとは、想像もしなかったです」と、連さんは学生時代を振り返る。大学在学中からピッツェリアでアルバイトをし、卒業後、辻調理師専門学校へと進んだ。「和食を学びたいと入学しましたが、ある一冊の本に出合い、イタリア料理を専攻することに」。後の師匠となる「ラ・ベットラ・ダ・オチアイ」落合務シェフの料理本だ。「知らない食材がたくさん載っていて、とにかくワクワクする料理本でした」。そして同校で1年間、イタリア料理を専攻。「落合シェフの講習を受けた際、“まいど〜!”って教室へ来られるんです」。学生に対していい意味でフランク、そして授業は真剣というギャップに驚いたという。とにかくシェフの技を学びたい、と最前列で授業を受けた連さん。授業が終わり、落合シェフへ声をかけた。「シェフの店で、従業員は募集されていないのですか?」。「ウチの店は、お客様よりも従業員の数のほうが多いからねー」とやんわり断られたが、諦めきれず落合シェフ宛に往復ハガキを送った。「シェフのお店で働かせていただきたい、と自分の思いを書き連ねました。だけど往復ハガキって、今思えば若気の至りですね(笑)」と当時を懐かしむ。すると落合シェフから、「私の時間の都合がつく日があるから、お店へ来なさい」と朗報が!店を訪れるとすぐに面接になり、晴れて「ラ・ベットラ・ダ・オチアイ」へ入社することに。

連さんが今なお刺激を受け続けている料理人が落合務シェフだ。「シェフは私にとって一番の師匠です。シェフの背中を見続けていたい」と連さん。落合シェフから学んだことはテクニックから、社会人としてのマナーにいたるまで数え切れず。「営業中は、40席あるテーブルから一斉にオーダーがやってきます。シェフがメニュ—名を読み、各部門の料理人が調理にとりかかるのですが、シェフは、どのお客様に何の料理を供するか、全メニュ−をすべて把握されていました」。俯瞰して物事を見ること、さらにはずば抜けた集中力をもって、営業時間中は仕事と向き合うことを学んだ。さらには、「予約の電話の受け答えひとつをとっても、シェフから言葉遣いを注意されたり」。3年間の修業で得たものは、連さんの料理人としての姿勢はもちろん、店づくりにも大きな影響をもたらした。

その後、東京でのカフェの立ち上げなどを経て、「日本の食材をもっと学びたい」と思うように。日本各地の産地や生産者のもとを渡り歩こうと考えていた矢先、「北沢さんのところへ行きなよ。紹介するから」とその頃、勤務していたオーナーのひと言で、連さんの人生の目指す方向性が見えてきた。

北沢さんとは、長野・佐久市で蕎麦店「職人館」を営む北沢正和さんだ。地元食材と蕎麦職人の技を融合した、農家レストランの草分けである「職人館」。北沢さんは、地元の食材をもちいた日本酒や味噌、醤油の製造も手掛け、さらには日本各地へ出向き、地域活性化事業も手掛けている方だ。「北沢さんは、キノコや山野草に薬草…と、地元の山の産物にとにかく詳しい人。地方出張があるときは私も同行し、学ばせてもらいました」。北沢さんのもとで研修した3ヶ月の間に、連シェフは「地産地消を実践する、スローフードという考え方が私には合っている」と実感したのだ。

その後、イタリアのスローフード協会の講習に参加しようと、渡伊。渡航先が、たまたまマルケ州だった。2ヶ月間の講習を終え、同州のレストランに入り1年半、マルケ料理と向き合うことに。「それまで、マルケという地域すら知りませんでした」と連さんは微笑む。しかし。日本で出合ったことがないパスタの数々を知り、この地の食文化に魅了される。たとえば、ソラマメの粉を使った「タッコーニ」や、パン粉やパルミジャーノ•レッジャーノを練り込んだ「パッサテッリ」ほか。しかも、修業先であるレストランの敷地内では、ウサギや鶏を飼い、野菜も自家農園で栽培し、「仕入れる食材がほとんどないくらい」。連シェフが求めていた「いのちを育む食の基本」が、マルケ州には当たり前のように存在していたのだ。

「オステリア ラ チチェルキア」へ訪れると、日本人にとって見慣れない、マルケならではのメニュ−名もいくつか存在する。しかしどの料理も、素材そのものの味を丁寧に引き出した、日本人の琴線に触れる味わいだ。「マルケではたくさんの人にお世話になりました。お店でマルケのことを多くの人に知ってもらえたら、少しは恩返しができると思って」と微笑む。東京と長野、そしてマルケでの師匠との出会いを糧に、連シェフがしたいこと、連シェフにしかできないことを、追求している。

[2016年5月30日取材]

連久美子シェフ。東京「ラ・ベットラ・ダ・オチアイ」で3年働いた後、長野で農業を体験。イタリアスローフード協会の講習に参加し、マルケの食文化に魅せられ、現地のリストランテで1 年半修業。帰国後、ソムリエの資格を取得し、12 年5月オープン。
連さんがひとりで切り盛りする店では、大きなガラス窓にメニュ—を手書き。ハリネズミの爪楊枝立てや、陶器の器などを用い、素朴で温かみのあるマルケらしさを演出している。
「栗のタリアテッレ ウサギのラグー」。マルケ州の北部は傾斜がきつい場所が多い。そんな土地で育ちやすい栗の粉をタリアテッレに練り込んでいる。
「パッサテッリのスープ仕立て」。細挽きのパン粉やパルミジャーノ・レッジャーノ、ナツメグ、すりおろしたレモンの皮が入る、マルケ特有のショートパスタ。ウサギの骨からとったブロードと野菜とともに。
マルケ料理専門「オステリア ラ チチェルキア」
住所 大阪市西区京町堀2-3-4 Sun-Yamamoto Bld.303
TEL. 06-6441-0731
営業時間 18:00〜翌0:00(L.O.)
日曜 14:00〜23:00(L.O.)
定休日 火曜、月1不定休あり

[ 掲載日:2016年6月8日 ]