採用と育成

小阪 歩武さん 『リストランテ ラッフィナート』オーナーシェフ

1974年兵庫県生まれ。調理師専門学校卒業後、新神戸オリエンタルホテルや西宮のレストランを経て、東京・西麻布の「アルポルト」で片岡護氏に師事。2004年兵庫・芦屋で「リストランテラッフィナート」開業。バール、ロスティッチェリア、ジェラテリア、ピッツェリア、トラットリアを展開し、2018年には本店を自社ビルに移転。本店を含め、現在8店舗を運営する。

関西食文化研究会・コアメンバー 山根大助の視点
「人材を育てても、いつかは卒業するため人材育成への投資や努力が店の資産になりにくいのが飲食業界の難しいところ。そうした中、『ラッフィナート』の小阪歩武シェフは人を育てることに重きを置かれており、採用活動も積極的。チームづくりを強化されグループとして年々パワーアップしている。その熱心な姿は、賞レースや名声の獲得よりも人育てに振り切っている印象を抱く。現代における人事と人材育成について聞いてみたい」

社員35名、8店舗の一大グループに成長

市場や全国を巡って探した素材を用いる洗練のイタリア料理と記憶に残るプレゼンテーションで知られる『リストランテ ラッフィナート』。2004年の開業以来、2008年にはバールを、2012年と2013年にはジェラテリアを展開。2018年には3階建てビルを全面改装して本店の移転を果たし、念願のグループ旗艦店を完成させた。

その後も2020年にはピッツェリアとトラットリアを、その翌年にはロスティッチェリア(惣菜店)を展開。本拠地の芦屋と大阪を中心に、これまで着々と「ラッフィナート グループ」を育ててきた。

現在、8店舗を合わせて社員は35名。15年選手や10年選手も多く、オーナーシェフの小阪歩武さんがいかにチームづくりに腐心してきたかが良く分かる。

ゼロから育てる人事採用

コアメンバー・山根さんの「賞レースや名声の獲得よりも人育てに振り切っている印象を受ける」という言葉を受け、小阪さんはこう話す。

「星やコンクールのトップを目指す風潮は素晴らしいと思います。ですが、飲食業界のすばらしさは、そこだけではないはず。飲食業界に身を置く者として、星やコンクールのトップを獲るような尖った料理以外のすばらしさも知って欲しい。過去には名声の獲得を目標に、スタッフに高いレベルを要求していた時期もありましたが、40代に入ってから目標が変わり、気が楽になりました」

きっかけは店舗展開を始めた当時、スタッフの手が足りず中途採用の人材をとっていたところ、他店で培われた習慣や考え方が持ち込まれ、チームの方向性が揺らぐ場面があったという。

「料理を作り続けるため、レストランを続けるため、何をすべきか」を問いかけた結果、出した答えが「心地のいい環境や職場づくりだった」と話す小阪さん。

そこで、店の哲学を根本から理解し、共に歩んでいける人材を育てることに。当時のスーシェフの進言もあり、生え抜きのスタッフを丁寧に育て、理念を共有することで、組織全体の一体感を高める方向性に転換を図った。2015年頃からのことである。

そのため、同店では毎年8名〜10名の新卒採用を実施。調理師専門学校のリクルートイベントにも小阪さん自ら出向き、熱心にPRする。

ここで大切にするのは「自分や店のことをさらけ出すこと、毎年(イベントへ)出向くことを続けること」だ。

まだスタート地点に立ってもいない若者に響くのは「勤務時間の短さ」や「学べる環境」、「知られているシェフ」であること、「福利厚生がある」「専門店である」こと。「人によってモチベーションは千差万別。星を目指す子ばかりではありません。当店で何かを見つけてくれたら。同じ時間を共有すればいつか同じ方向を向けると思っています」と小阪さんは気長に育てる構えだ。

こうした採用を現在まで10年間続けた結果、何が起こったのだろうか。

「スタッフの層がピラミッドのように厚くなり、組織の基盤が一段と強固になりました」。
各世代が店の哲学を深く理解しているため上の世代が下を導き、下は先輩の姿を見て成長する循環が生まれた。理念や技術が途切れることなく受け継がれ、チーム全体の結束力と安定感が増し、心地よい職場環境が作られたという。

一般企業の人材育成を取り込む

先の循環は、採用面だけではなく人材育成における工夫の結果でもある。

例えば同店では1ヶ月から半年ごとにグループ8店舗間の中で配置転換を行い、飽きることなく様々なポジションを学べるようにする。未経験から5年過ごせば、どのレストランでも通用する技術と責任感が培われるシステムが組まれている。

さらに、膝を突き合わせて話すことで風通しの良い店に。
朝は8店舗のスタッフ全員が芦屋本店に出勤し、9時30分からはキッチンのミーティングを、10時からはホールのミーティングを、10時30分からは幹部ミーティングを行い、それぞれの店へ出勤。この他、月に一度のシェフミーティングやホールのミーティングがあり、年に数回は個人面談も。日頃から抱えている小さな不満から悩み、その時々の課題や目標設定、将来的な夢までヒアリングして共有し、信頼関係を積み重ねる。

現場から出た改善案は積極的に受け入れ、意見を言いやすくしているのも特徴的。小阪さんがここで大切にしているのは、デジタルの時代に直接会って話すリアルな場を持つことと時間を作ることだ。
「ミーティングをしても個人面談まで行う飲食店は少ないはず。以前は忙しくて時間を作れないと思っていましたが、無理やりでも作ろうと思えばできました。当店ではこうした大手一般企業では当たり前の制度を取り入れています」。

例えば組織に人事部を置いていることや評価制度も、その好例だ。

評価制度は社員全員が、評価シートに記入して自己採点し、自身を客観視する。さらに上司が評価することで自身の強みや弱みを“見える化”しているという。

また、同店にしかないユニークな福利厚生が「釣り研修」。これは淡路島または高知県の甲浦で行い、釣りと魚の処理を教えるプログラム。釣ってから神経〆など魚種によって合う〆方を行い、冷やし込みをして魚を美味しくすることまで教え、家に持ち帰って食べてもらう内容だ。

普段厨房で扱う食材の“生きている姿”と向き合う経験になる他、食材をただの材料ではなく「命」として捉える感覚が芽生え、料理に対する姿勢が変わるという。また、食材の仕入れの前段階である「獲る」や「下処理によってさらに美味しくする」という行為を経験することで、料理の世界の幅を広げることを狙っているものであり、飲食人にとって大切な、命をいただく感覚を養っている。

持続可能な店を実現するために

採用に力を入れて毎年大勢を新卒採用し、ゼロから人を育てる。

文字にすると短文で簡単に読めるが、即戦力の獲得競争が激化する今の飲食業界では極めて珍しい。それは効率とは対極にある、地道で長期的な取り組みだ。

こうした取り組みを行う意義について小阪さんは言う。
「全てはレストランを続けるため、持続可能な店を作るため。そうするために人を育てることは、飲食業の原点ではないでしょうか」

ワンオペの小規模店も素晴らしいと前置きをした上で、小阪さんはさらに続ける。
「料理人として1人でできる生産性は限られます。幸せを追求した時、稼ぎや売り上げは必須。そのためにも、人を育ててチーム力を強化し、業態も拡大してきました。また、給料が良くて休みも取れ、心地のいい職場環境を作ってきました。当店にとって重要なのはサスティナブル(持続可能)な店づくり。レストランを続けながらチームの皆が働いて幸せになること。食材の無駄をなくすことはもちろんですが、今まで続けてきたことを地道に続けることこそ、サスティナブルな店づくりに繋がっています」

地道で長期的な積み重ねこそが、強い組織と文化を築く源になっている。

海外のブティックのようなデザインを目指したという建坪40坪、3階建ての自社ビル
旗艦店であるリストランテは全室個室。そのくつろげる環境や特別感のある演出によるサプライズなどサービス面でも評価が高い。
淡路島と高知県・甲浦に所有する船で海へ出る「釣り研修」はスタッフからも評判。数班に分け、全員を連れて行う。
調理師専門学校のリクルートイベントは、幹部スタッフに任せず必ず小阪さん自ら足を運び、生徒に「さらけ出す気持ちで」店や自身のことを話す。
朝のミーティングでは、企業の朝礼でも活用されている冊子「職場の教養」(一般社団法人倫理研究所刊)を皆で朗読する。「社会人としての教養や行動指針、心の持ち方などが書いてあり、大人として当たり前のことを教えるのにちょうどいい」と小阪さん。
10坪の厨房は熱源を中央に集約したアイランド型。希望があればゲストを厨房に案内することも。
『リストランテ ラッフィナート』
住所 兵庫県芦屋市船戸町5-24
web http://raffinato-ashiya.com/r/

[ 掲載日:2025年10月22日 ]