食のプロ達のバトンリレー

植田 将道さん
「すし うえだ」店主

神戸・元町にある「すし うえだ」。店主・植田将道さんは淡路島出身の31歳。16歳から鮨の世界に身を置き、弱冠24歳で自店を構えて7年の月日が流れた。「兵庫の自然の豊かさを、握りで、店づくりのなかで表現したい。この思いは強まるばかりです」と、植田さんは笑顔を見せる。

「だけど、僕だけでは成り立ちません。食を支える、地域の方々の“バトンリレー”があるからこそ実現するのです」。
その一人が、明石にある水産仲卸業「つる一」三代目・鶴谷真宜さんの存在だ。

「明石の魚そのもののポテンシャルが極めて高いのですが。仲買人である鶴谷さんは、孤高とさえ感じさせる、目利きのプロ中のプロです」。

二人の出会いは、植田さん開業する前。「視察で出向いた築地市場で、たまたま魚を売りに来ていた鶴谷さんに会いました。独立して半年が過ぎたある日、ふと思い立ち鶴谷さんに電話をかけました。すると“一回使ってみて”と明石鯛を届けてくれたのです」。

淡路島出身の植田さん曰く「この地域の優れた魚を分かっている“つもり”でいたと、はたと気付かされました。鶴谷さんが扱う魚の凄さは、全く違うレベルだったのです」。

そもそも明石の魚は「鍛え上げられた、アスリートです」と、植田さん。明石海峡で揉まれ鍛えられるだけではなく、浅瀬が多く産卵場所にも適している。そこには多種多様な魚が集まるため、餌の宝庫でもあるのだ。だから、美食家とアスリートの肉体を併せ持ったような旬魚が獲れる。
「漁師さんの技のレベルも高いと断言できます。しかも、明石漁港は、漁師の船ごとにセリが行われ、一番高い値段をつけた仲卸業者が、その品物を買うことができる。信用力と目利きが物を言う世界です」。

鶴谷さんがせり落とした明石鯛であれば、活け越し、脳殺、活〆、神経締め、氷締めなど、その時々の魚体に適したテクニックを駆使した上で、「すし うえだ」に届けられる。
驚いたことに鶴谷さんから毎日1匹、必ず明石鯛が届く。「初めてウチに届けてくれたあの日から、営業日は毎日、欠かさずです」。
そこには、地元・明石を牽引する魚屋としての矜持と、海が近いこの土地でしか表現できない寿司を握りたいという寿司職人のプライドがぶつかり合い、より高みを目指す互いの苦悩があった。

「鯛が良い時期があれば、そうではない時もあります。鶴谷さんの仕事と、僕の仕事で、いかに明石鯛の本質を高められるか?毎日のように情報共有し合います」。
獲れる時期や、大きさ、魚のコンディションや海水温…。毎日のように条件は異なり、それに合わせて血抜き、神経締め、冷やしに至るまで、やり方はその都度変える。

「しかも鶴谷さんの明石鯛は、熟成には向きません。その日、お客様の口に入る瞬間が最も旨い、という状態に持っていくのが、鶴谷さんからバトンを手渡された僕の仕事です」。
3歩進んで5歩下がる…といった日々が続いたし、今もそれに変わりはないという。しかし「鶴谷さんのスタイルの素晴らしが腑に落ちた瞬間、僕のスタイルもより明確に」。両者のスタイルとは?

「鶴谷さんの明石鯛は、力強い身質、香り、旨みの感じ方も、全てが本当にすごくて。一言で表すなら“生命の神秘”を感じることができる。そこに蘊蓄は不要で、お客様にはシンプルに旨いなぁと感じていただくのが僕たちの本望。お客さんの明日への活力に繋がると嬉しい」。

植田さんはこうも続ける。「僕たち寿司職人は、ついつい目の前のことに集中しがち。ですが、漁師・仲買・魚屋含め、みんなの顔が見えていることが僕や店の強みなのです。だから、海に近いこの土地でしかできないこと、さらには兵庫ならではの自然の豊かさをいかに表現するか?ここに照準を定め、追求し続けたい」。

休日になれば、漁港だけではなく、地域の食の作り手たちに会いに行くのが植田さんのルーティンだ。「先週は、龍野市にある醤油蔵に見学に伺いました。一人一人に会いに行くその場所が、僕にとってのパワースポット。僕ひとりで完成するものって、何ひとつとしてなくて。同じ方向を向いて仕事をご一緒させていただける、食のプロの皆さんの協力があってこそ、この土地ありきのスタイルが完成します」。

進化し続ける植田将道さん31歳。ますます目が離せない。

JR元町駅から歩いて5分ほどの場所に「すし うえだ」はある。丹波栗の木を用いた扉を開け、店内へと進みゆけば8席のカウンター席が広がる。
但馬地方の檜を用いた一枚板のカウンターに、淡路の土を用いた佐官職人による土壁が、温もりを演出。兵庫の自然の豊かさは、握りだけでなく店づくりにも現れている。
植田さんは淡路島出身。寿司職人としてキャリアを重ねながら、途中約1ヶ月間は島内・塩田漁協で漁師としての経験も積んだ。また、唎酒師の資格も持つ。
「すし うえだ」
住所 神戸市中央区中山手通3-2-1 トア山手ザ神戸タワー112
TEL. 078-515-6655
営業時間 18:00一斉スタート、20:30一斉スタート
定休日 不定休

[ 掲載日:2025年2月25日 ]