人生を変えた、2人の言葉
Charlie Papazian(チャーリー・パパジアン)
「Brewers Association」会長
Steve Grossman(スティーブ・グロスマン)
「Sierra Nevada Brewing」共同創業者
「造り手が目指したビールの味を、正しく世に伝えたい」。
関西クラフトビール界を牽引し続けるキーパーソンの一人・谷 和(あい)さんの言葉である。
2012年に創業。現在は「CRAFT BEER BASE MOTHER TREE(クラフトビアベース マザー・ツリー)」をはじめ、大阪市内にショップとパブ4店舗を展開。流通から販売、提供までを一貫して手がけ、2019年からは自社醸造も行う。
開業以来、「クオリティ・コントロール(品質管理)」を貫く理由。
そのきっかけは、修業時代に遡る。
梅田にあるベルギービール専門店に勤務していた当時、本国ベルギーのデュベル・モルガット社を訪れたときのこと。「研修でビアサービングに挑みましたが、満足のいかない出来で。その一杯を飲んだオーナーから〝僕らの努力が、これでダメになるんだ!〞と叱られました」。
ブルワーたちが自信を持って作ったビールは、注ぎ方を失敗しただけでもダメになる。いや、一度でも常温におけばそれでもう鮮度がガタ落ちだ。「今のままではまずいと、改心した瞬間でした」。
そのためには、ビールのエキスパートになる必要があると思った。
谷さんは26歳の若さでビアジャッジの資格を取得。「ビアジャッジ」とは、クラフトビア・アソシエーション(日本地ビール協会)認定の資格であり、ビアテイスターの上位資格にあたる。国内でのビール審査会はもとより、世界最大のビール審査会「ワールドビアカップ(WBC)」といった海外のビアカップでの審査を行うこともある。「2024年は、コンペティションなどの審査のため、アメリカやブラジルなど計4カ国に渡航しました」。
谷さんが、資格を取得したのは約20年前のこと。「当時、日本ではクラフトビールについて学べる環境が少なく、正しく飲むことすら難しい…なんて場面もありましたね」。そのような経緯もあり、国内で開かれた審査会で、谷さんは審査員としてシビアなジャッジを重ねていった。「たとえば、ビアスタイルにあってはならない香り(オフフレーバー)を感じたら、的確に伝えました。品質向上、そして日本のクラフトビール界をより良くするために一生懸命でした」。
そんな折、谷さんは横浜で開かれた「International Beer Cup 2014」で運命的な再会を果たす。全米で2500以上ものブルワリーが加盟している醸造者の協会「Brewers Association(米国ブルワーズ協会)」会長のCharlie Papazian(チャーリー・パパジアン)氏だ。
「チャーリーは以前、私の店に来てくださったことも。そして、International Beer Cupの審査員として来日したのです」。
総勢327銘柄の出品があり、国内外の審査会で活躍するプロフェッショナルたちが審査を行った。もちろん谷さんもその審査員の一人として、チャーリー氏とテーブルを囲んだ。
客観性を重視した厳しい審査を行う谷さんに、チャーリー氏からこんな一言が。“アイは、何を思いジャッジをしている?”
「チャーリーはこう続けました。“欠点を伝えるのが大事なのではない。ブルワーたちに“明日はもっとより良いビールを作ろう”と、思ってもらえるのが重要なんじゃない?”と。ハッと我に返りましたね。私自身の意識が変わった瞬間でした」。
谷さんはその後、ジャッジの伝え方を変えてゆく。「それまでの私は、白黒をはっきりさせる審査しかしてこなかった。だけど、指摘をするのみではダメだなと。例えば、この点にフォーカスを絞った方が良いなど、より良い醸造へと繋がるフィードバックを必ず盛り込むことにしたのです」。
翌年、2015年は谷さんにとっての変革の年だったと言えよう。
「Brewers Association」が後援する、「American Craft Beer Experience」が、東京と大阪でそれぞれ1日、合わせて2日間開催。アメリカンクラフトビールに特化した世界的に有名なビアフェスティバルがあり、アメリカからは「Sierra Nevada(シエラ・ネバダ)Brewing」や「Heretic(ヘレティック)Brewing」をはじめ人気ブルワリーのオーナーも続々と来日。
「東京だけじゃなく、大阪でも開催してほしい」と懇願 、主催(実行委員)をしたのが谷さんだった。大阪会場では、西日本のクラフトビール文化をよりよいものにしていくために、プロ向けのセミナーを企画・実施。「第一部では、クオリティ・コントロール(品質管理)のセミナーを開きました」と谷さん。そのセミナーでは、カリフォルニア「Sierra Nevada Brewing」の共同創業者・Steve Grossman(スティーブ・グロスマン)を筆頭に、アメリカのブルワーたちも登壇。「醸造段階から流通、お客様の手に渡るまでの“品質管理”に関するこんなに大きなセミナーは、西日本ではなかったです」。結果、100人以上が参加。立ち見客が出るほどの大盛況だったという。
この日、谷さんは「Sierra Nevada Brewing」のスティーブから、忘れられない言葉を贈られた。
“アイが実践していることは、すごく良いことだ。しかし、やり続けないと意味がない。これからも継続させなさい”。
「スティーブからこんな言葉をいただけるなんて感慨無量でした」と谷さんは目を潤ませた。
「ビールを正しく伝えること」をテーマに会社を運営する谷さん。「正しく伝えるためには、自分たちで醸造すべき」と、自社醸造を始め、6年目を迎えようとしている。
当時から今もなお変わらないコンセプトが3つある。1つは「ビールの成り立ち・基本を知る」、2つ目は「ビール本来の構造を分解研究する」。そして3つ目が「日本独自のビアスタイルを模索する」である。
海外に目を向けると、地域ごとのオリジナリティを感じさせるスタイルがある。例えば、ジャーマンスタイルやベルジャンスタイル、「韓国にはマッコリの醸造方法を取り入れたビールも登場しています」と谷さん。では「日本独自のビアスタイルを模索する」とは?
「元々、和食が好きなんです。“クラフトビールを飲みながら刺身を食べたい”という思いから、和食に合うビール造りを考え始めました」。そこで着目したのが、日本ならではの食文化である「米」と「米麹」の存在。
「空知絹雪(そらちきぬゆき)」には、麦芽の全量に対して、黄麹(15%)と白麹(5%)を用い、双方の特徴を引き立たせる設計に。麹が持つ風味を生かすのはもちろん、北海道・空知町で誕生したホップ「ソラチエース」を組み合わせている。
「和食に合うビール」という視点では、「CRAFT BEER BASE MOTHER TREE」3周年の記念ビールにも注目したい。ドイツのビアスタイル「ゴーゼ」に和の要素を落とし込む発想で、和歌山の南高梅とその梅酢、紫蘇、お米を用いたビールを醸造。口に含めば、ゴーゼ特有のまろやかな酸味、南高梅ならではの塩味やキュッとくる酸味が広がり、紫蘇や梅がもつ香気成分が心地よく漂う至福の一杯。鯛の造りや、甘鯛の塩焼きなど、白身魚を用いた一品と相性が良いだろう。
「醸造は学べば学ぶほど奥が深く、試行錯誤の日々ですよ」と谷さんは微笑む。
「ありがたいことに、世界中のブルワーたちやビアジャッジの方々が、親身になって接してくれます。彼らが私に教えてくださった“気づき”を自分の中で昇華し続けたい。そして、ブルワーをはじめ日本のクラフトビール業界を担う作り手に伝え、ビールを通じてより多くの方たちが豊かになれるよう」。目をキラキラ輝かせる、谷さんの挑戦は続く。
住所 | 大阪市北区大淀中1-13-13 |
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TEL. | 06-7503-9795 |
営業時間 | 15:00〜22:00(土・日曜、祝日12:00〜) |
定休日 | 火曜 |
web | https://craftbeerbase.com/ |
[ 掲載日:2024年12月20日 ]