農と隣り合わせで料理を提供すること

渡辺 幸樹さん
「田舎の大鵬」オーナーシェフ

京都市内から車で1時間半ほどかけて北へ。京都府・綾部市の里山に、渡辺幸樹さんが営む「田舎の大鵬」はある。養鶏と田畑を営む「蓮ヶ峯農場」の敷地内に、自店を構えた渡辺さん。この地に移住したのは2022年のこと。

「料理人として、飲食業のあるべき姿について、ずっと考えてきました」。
例えばそれは、料理と生産の現場があまりにも離れてしまったこと。すると、命をいただくことの意味や、消費が環境に与える影響についての意識が、作り手も食べる側も、おのずと薄れてしまう。「食べることは生きること。豊かな食から、本当の豊かな生き方を学ぶことができるのではないか?」 渡辺さんを、そう奮い立たせたきっかけは、15年ほど前にさかのぼる。

「当時、僕は京都・二条にある「大鵬」で、親父と共に鍋を振っていました。四川で親しまれている本物の伝統料理を提供するために、年に3回は父と一緒に現地へ」。
(ちなみに今も、お父様と家族が「大鵬」を切り盛りしている)

ふたりが必ず訪れる四川省はもちろん、雲南省など他のエリアも、田舎へ行けば必ず「農家楽(ノンジャーラ)」という名の農家レストランがあった。「いわゆるチャイナ版「Farm to Table」です。都会のレストランで味わうスペシャルな料理よりも、農家楽で味わう料理の方が、明らかに素朴で美味しいんです!」と目をキラキラと輝かせる渡辺さん。畑で獲れたばかりの中国野菜の炒め物、大鍋でぐつぐつと煮込む豚のスペアリブなど、どの料理も大皿で出され、客はそれを取り分けて楽しんでいた。帰国後すぐに「大鵬」で、そのスタイルや味づくりを再現したが、「どうも、しっくりこなかった…」。

時を同じくして渡辺さんは、スペインをはじめヨーロッパ出張へ出向く機会が増えていく。現地のワイナリーに数ヶ月滞在し、ブドウの収穫を手伝う機会などにも恵まれた。その経験も、ひとつのターニングポイントに。
「お世話になったワイナリーで、さぁディナータイムってとき。野外にセッティングしたテーブルの上には、自然な造りがなされたワインがあり。ゆがいただけの豆や、保存しておいた自家製シャルキュトリーがサラッと出てくるんです。そして、ブドウ畑の近くで自生しているアスパラソヴァージュを摘み、すぐさまパスタにしたり。もうそのどれもが、心を揺さぶる味わいでした」。

渡辺さんは“素朴な食材ならではの豊かさ”に、ますます魅了されていく。

「あの頃は、バルセロナで店を開こうと思っていましたね」。しかし新型コロナウイルスのパンデミックにより、夢は閉ざされてしまう。さらに「コロナ禍前から、食材価格の高騰などが取り沙汰されていました。このままだと食材を買っても、原価と売値がさほど変わらなくなる」と危機感を抱くように。「日を追うほどに、食と農が密接な関係にある、田舎に移り住むことしか考えられなくなっていった」。

その時だった。取引先である「蓮ヶ峯農場」を訪問する機会があり、農場主・峰地幹介さんと意気投合。「峰地さんは、食肉や卵を収穫するための鶏を飼い、米や野菜も育てておられます」。農場の土を踏みしめるたびに、父と息子で出向いた四川省の「農家楽」が、スペインのワイナリーで楽しむ野外のディナーが、シンクロナイズした。

「本当にやりたいことが、この場所ならできる!」

渡辺さんは今、「蓮ヶ峯農場」の峰地さんたちと共に、畑で野菜を育て、豚や山羊などを飼う。農場のなかにある「田舎の大鵬」は、新設したデッキの上に、椅子とテーブルを配した、ほぼオープンエアのワイルドな店だ。

訪れた客はまず、渡辺さん案内のもと農園を巡る。今どのような食材が盛りを迎えているのか、名残なのかを知る時間だ。「9月初旬でも、ほら、ナスやキュウリなど、いわゆる“夏野菜”真っ盛りでしょう? 天然のミョウガも出始めました。今頃、都会の飲食店では、我先にと、松茸なども出ていることでしょう。この地域で松茸なんて、まだずっと先。本来、旬のものを食べると言うことは、その土地に適合した今、採れる食材を味わうものだと感じます」。できすぎてしまった野菜は漬物など保存食にして、来るべき冬に備える。

「田舎の大鵬」では、その日の料理に使う鶏を締めるところから始める、まさに命をいただくフルコース。
2年ほど卵を産み続けた純国産鶏「もみじ」が、客の目の前で、手際よく捌かれていく。その日に採れる(獲れる)動植物の命をいただくという食の本質を、じっくり再認識。捌いた鶏の肝、砂ずり、ハツといった内臓は、春雨と共に炒め物にしたり、精肉はスープにしたり。
さらに。米や山野草など綾部ならでは里山の幸、保存食や発酵食、そして自家製調味料を駆使して生み出される原点回帰ともいえる料理の数々。味わうほどにお客は、命をいただいている尊さを思い知ることができるのだ。

「食材が料理になるまでに、一切の無駄がなくなりました。しかも野菜はただ甘いだけじゃなく、苦味やえぐみもしっかり感じることができる。何しろ動植物の、生きている味がするんです」と、渡辺さんは嬉しそう。

持続可能な関係性の中で鶏を飼い、田畑を営む峰地さんの農地内でこの土地の恵みをいただき料理を提供する渡辺さん。循環させること、中国に昔からある“保存”の工夫、さらには「身」と「土」は切り離せないという“身土不二”の考え方……。
ここ綾部で、渡辺さんは着々とその信念を、形にしている。

渡辺幸樹さんは1981年京都市生まれ。市内の中国料理店で修業後、両親が二条で営む「大鵬」に二代目として入店。2014年にリニューアルし、自然派ワインを扱い始めたことがきっかけで自然環境問題に目覚める。農と隣り合わせで料理を提供するために2022年、綾部市に移住。「田舎の大鵬」を開く。
料理はすべて、おまかせコース13,000円〜。「竹藪の中から採ってきた」という、いろんな品種の筍を発酵させてメンマに。シャキッ、ホクッとした食感が楽しく、ふくよかな旨みが広がる。
「胡瓜 鮒寿司の飯(いい)和え」。畑で収穫した胡瓜に、乳酸発酵由来のまろやかな酸味が絡む、清々しい一品。このほか、山椒やクミンの香りを生かした「畑の枝豆」など、素材らしさをしっかりと感じられる、農場野菜を用いた料理が続く。
この地域で収穫した米は、シンプルに土鍋で炊いて提供。このほか、綾部の餅米で作った老酒など、飲み物ひとつに至るまで、エピソードは深い。
収穫したばかりの野菜。金針菜が豊富に採れたときには干したり、発酵させたり。端境期は、塩蔵していた豚など保存食を駆使するなど、中国料理の知恵と工夫が随所に。
今年春に改装工事を終えた「田舎の大鵬」。野山の四季の移ろいを至近に眺めることができるデッキを設けた。晴れた日は、青空の下で食事を楽しむことができる。
「田舎の大鵬」
住所 京都府綾部市八津合町山ノ神65-1
営業時間 春・秋:昼と夜、夏:夜のみ、冬:昼のみ
要予約。1日1組限定(4人〜12名)予約はInstagramのDMで
定休日 不定休
Instagram https://www.instagram.com/inakanotaihou/

[ 掲載日:2024年9月13日 ]