技と誇りと滋味の結晶。
寒さが磨き上げる“白いダイヤ”。
「随一印吉野本葛」

400年の伝統をそのままに、手作業で精製する吉野本葛。
土地それぞれに独自の風土の中で育まれてきた、日本の食文化。気候や水質、地の利などが揃うことで生まれる銘品は、どれほど時を経ても色あせることはない。冬将軍に身をすくめるこの季節なら、高級食材としても有名な「吉野本葛」が製造の最盛期を迎える。山が多く豊富に葛が自生する奈良県。とりわけ吉野周辺は良質な葛の精製に欠かせない、冷たく澄んだ水と乾燥した空気、そして厳しい寒さに恵まれる。古来より日本を代表する葛の名産地として独自の精製技術を伝えてきたが、近年では機械化の流れが進む。その中で400年前の創業時から、「吉野晒し」と呼ばれる伝統製法を今も受け継ぐのが「黒川本家」だ。
創業1615年。13代目の黒川伸一さんは、現在も徹底して手作業にこだわる。
天候と葛の状態に合わせた最適な加工。
吉野本葛の原料は、葛の根を砕いた「粗葛」のみ。江戸時代から続く「吉野晒し」は、これを水で攪拌して沈殿させ、でんぷんのみを取り出していく。
「水だけで晒す製法をこう呼ぶのですが、桶による手作業は多分うちだけでしょうね」。
近年は、大きなタンクで攪拌する業者が一般的だと黒川さん。
黒川本家では道具のみならず、水も300年前から敷地内に湧き出る井戸水を使う。文字通り伝統そのままの製法だ。
水に晒したばかりの粗葛は茶色く濁った状態だが、繰り返すたびに真っ白な生葛が底につくられていく。黒川さんによると、水に晒す回数の見極めが非常に難しいという。「晒すほどに白さは増しますが、やりすぎると葛の持っている粘りとか風味も薄まります。できる限り晒す回数を少なくするよう心掛けています」。
これこそが、手間暇かけても手作業に力を注ぐ理由のひとつだ。均一化という意味では、機械に軍配が上がるかもしれない。しかし葛は生き物。毎日同じとは限らない。黒川本家では、職人がその日の天気や気温、葛の状態を見ながら現場に立つ。刻一刻と変わる環境に合わせた、最も適した加工が可能なのだ。桶のサイズにも意味があり、職人がコンロトールしやすいように江戸時代のままを貫く。
切り出された生葛は、これも人の目で厳しく品質を吟味。不純物が取り除かれた後は、約3か月もの間じっくりと自然乾燥させながら完成を待つ。精製から完成まで、およそ4か月もの期間を費やすのだ。しかし機械に頼らないことで、ネバリに優れ、きめ細かなものに仕上がる。江戸時代から守り培ってきた職人の技術と経験、確かな勘の賜物である。
一流料亭や和菓子店から、宮内庁まで広がるご愛用者。
完成した葛は「随一印吉野本葛」のブランド名を冠して、全国各地の料亭や有名和菓子店へと届けられる。
飲食店だけではない。明治初期から現在まで、宮内庁の御用も賜る。御所が京都にあった時代からご縁があったそうで、明治になってからは宮内省に直接納入させていただけるようになったとか。品質を語るうえで、これほどの実績があるだろうか。まさに日本を代表する「吉野本葛」といっても過言ではないだろう。
それでも黒川さんにおごりはまったくない。「昔ならではの葛を知っている人に『葛らしい葛だ』と唸っていただけるような製品をつくりたいですね」。
あくまでも控えめな一言だが、そこには芯の通った自信が感じられた。
原材料への不安を、未来への展望へ転換。
今後の課題を伺うと、原材料の確保が挙がった。葛そのものは生育しているが、採取する人が非常に減少しているという。
「葛を自家栽培して採取できないか、と考えています」。黒川さんの言葉に熱がこもる。さらに夢は広がる。「今は都会から地方へ移住したい人も増えています。そうした方のために、就業の助けにもなればいいですね」。まだ構想段階だが、地域に仕事をつくり、活性化につなげることも目標だと教えてくれた。
いつの日か、素材から精製まですべて自家製の「随一印吉野本葛」ができるかもしれない。
想像するだけでも心が弾む。
[取材日:2021年12月13日]

真冬には0度近くになる作業場。この寒さと冷水が、純白に輝く白いダイヤ「吉野本葛」を磨き上げる。

機械乾燥ではパラパラと脆く細かくなりがちだが、自然乾燥させることにより、 見た目もかっちりとした粘りのある葛へと仕上がる。

宮内庁からも品質を認められ、かの昭和天皇も葛湯として愛飲された黒川本家の「吉野本葛」。現在も宮内庁の御用を賜る。

葛のおいしさを多くの人に伝えるため、奈良公園の一角に東大寺店をオープン。作りたてのおいしい葛をふんだんに使った、和洋の創作料理やスイーツを味わえる。観光名所としても人気に。


歴史を感じさせる本店では、葛粉や葛切りをはじめ、愛らしい葛菓子なども販売。桜の季節には、花見を兼ねて遠方から足を運ぶファンも。
技と誇りと滋味の結晶。寒さが磨き上げる“白いダイヤ”。「随一印吉野本葛」
- 取材協力
- 吉野葛本舗 株式会社 黒川本家
- 奈良県宇陀市大宇陀上新1921
- tel:0745-83-0025 fax:0745-83-0800
- 黒川本家 東大寺店
- 奈良県奈良市春日野町16奈良公園「夢風ひろば」内
- tel:0742-20-0610
- 営業時間:11:00~17:00
- mail:kurokawa-honke@galaxy.ocn.ne.jp
- http://www.yoshinokuzu.com/
- 事業内容:吉野本葛の製造および加工品の販売。(東大寺店)葛の和洋スイーツと創作葛料理の提供。
[ 掲載日:2022年1月21日 ]