料理人と料理に向き合い、
オーダーメイドで肉を仕立てる。
「熟成肉」
代表 新保 吉伸さん

どんな肉でも旨くする精肉店。
肉を旨くする。そう聞くと、頭に浮かぶのは料理人だろうか。もしも滋賀県のサカエヤを知っている人なら「精肉店」と答えるに違いない。今回ご紹介する「サカエヤ」は、 “どんな肉でも旨くする”といわれる精肉師、新保吉伸さんが代表を務める精肉の名店。その味の秘密はどこにあるのだろう?
いわゆる高級ブランド牛だからではない。新保さんが扱うのは、その正反対。ジビーフやブラウンスイス牛、十勝若牛、阿蘇のあか牛※など、ほとんど市場に出回らない牛肉だ。
大げさに言うと、そのままでは美味しくない。しかし、手を加えれば加えるほど旨みを増していく魅力があるという。
肉に新しい命を吹き込む「手当て」の妙技。
仕入れた肉をそのまま売る一般的な肉屋や問屋と、サカエヤには決定的な違いがある。
単純に注文の部位を、在庫から送るようなやり方はあり得ない。注文は、まずシェフとの会話から始まる。料理人の求めているものや、料理内容などを的確に把握するためだ。
例えるなら肉のオーダーメイド。何で焼くのか、フライパンか炭なのか。脂が欲しいのか、赤身が好みなのかなど…。そして様々な要望を満たした肉を探すのではなく、手を入れて「肉を育てる」のだ。もとより、そんな理想通りのものが、都合よく見つかるはずもない。一人ひとり、一皿ごとに合わせて肉の能力を引き出す。それを新保さんは「手当て」と呼ぶ。熟成や温度管理、冷蔵庫の種類、包装の仕方…。肉の状態に合わせた下処理と保存のことで、手当ての内容は何百通りとあるという。中でも熟成については、全国に名を轟かせる技術を持つ。
だからこそ料理についての知識も豊富だ。「同じ食材でも、イタリアンと中華では火入れからして違う。その辺りを理解できていないと最適な提案ができません。オーダーメイドの服で長さが1㎝違えば商品にならないのと同じです」。
輸送方法も手当ての内だ。レストランへ納品する場合、配達日や温度の指定はもちろん、車の振動なども配慮し、梱包方法や梱包資材までベストを追求。
牧場からの仕入れは、肉の状態を考え、到着予想時間、気温、トラックの保冷温度などをすべて計算し、屠畜してから最適な発送時期を割り出す。当然、悪天候などで遅延する可能性があるなら日時を変更する。
お付き合いは、本当に信頼できる料理人のみ。
料理人へ肉を届け、調理され、お客様が「おいしかった」と言うまでが仕事と、新保さん。
だからこそ卸先のレストランへは、一年に何回も足を運ぶ。手当てが正しかったのかどうか、食べてみなければわからない。シェフの顔を見なければ、真の要望が判断できないからだ。
ここまでする精肉店があるだろうか。
「規模を広げるといい仕事ができない。ちゃんとした肉を届けるために、お取り引き先は40件程度に絞っています」。
一般的な問屋なら、来る注文をすべて受けるだろう。しかし新保さんは、じっくり肉と向き合う料理人だけを厳選する。
品質検査の場として「セジール」をオープン
精肉店でありながら、レストランを経営しているのも面白い。実はこれも、ちゃんとした肉を届けるため。肉が望み通りの仕上げになっているかは、プロの料理人が調理するレストランを再現し、食べてみないとわからないからだ。その上で、修正点があれば手を尽くす。それも手当てのひとつ。飲食業の仕組みを知り、より精度の高い提案へつなげることも理由だ。
そして、評判の店には旅行を兼ねて遠方から足を運ぶ。セジールがあることで、サカエヤにも来店者が増加する相乗効果が生まれている。
すべての仕事の根底にあるのは、「ちゃんとした肉を届けたい」という想いだけ。
その想いこそが、どんな肉でも旨くする技の神髄なのだろう。
※ジビーフ:北海道様似郡の駒谷牧場で、西川奈緒子さんが放牧により自然交配で育てるアンガス牛。ジビエのようなビーフという意味で「ジビーフ」。日本で数少ないオーガニック認定を受ける。
ブラウンスイス牛:岡山県中央の吉備高原にある吉田牧場の全作さんと原野さんが育てる。ヨーロッパの肉に見劣りしない、赤身肉のおいしさを実感できる。
十勝若牛:北海道十勝育ちの若牛。味わいは非常にあっさりしているが、熟成させることにより旨みが乗り、飽きのこない味わいに。
阿蘇のあか牛:熊本にある東海大学農学部が、阿蘇の草原で育成。大自然で育ったナチュラルな牛たちは感動的な味わいを誇る。
[取材日:2021年8月16日]


サカエヤの店頭では一般のお客様用に、近江牛を中心に販売。接客、清潔さ、美しいショーケースなど、ここにも独自のこだわりが散りばめられている。

開け閉めせず一定の温度を保った庫内では、風を当てながら微生物の付着を促し、種菌に助けられて肉が旨みを増していく。


その美味しさから、メディアにも数多く取り上げられるセジール。現在は、海外からもお客が押し寄せる。

肉は生き物。今日と明日では、状態がガラリと変わることもある。それを見極めて、手当ての技を振るう。

遠方の方に嬉しいウェブ通販も充実。すき焼き用、しゃぶしゃぶ用、ステーキ、内容お任せの「わくわく定期便」など、豊富なラインナップから選べる。写真は近江牛のサーロインの骨付き。発送直前に切り出す。
料理人と料理に向き合い、オーダーメイドで肉を仕立てる。「熟成肉」
- 取材協力
- 株式会社サカエヤ
- 〒525-0048 滋賀県草津市追分南5-11-13
- tel:077-563-7829 fax:077-563-8239
- http://www.omigyu.co.jp/
- 営業時間:10:00〜18:00
- 定休日:毎週火・水曜日
- SAISIR
- tel:077-561-3329
- http://saisir.jp/
- 営業時間:11:30~13:00(L.O)/18:00~21:00(L.O)
- 定休日:水曜日・最終火曜日
[ 掲載日:2021年9月21日 ]