熟練の心技が瀬戸内に咲かせる、美味の桜。
「淡路島サクラマス」

淡路島に桜の便りが届くころ、瀬戸内海ではもうひとつの“サクラ”が春を告げる。鮮やかなピンクの身が、桜花とともに味覚の花盛りを迎える「淡路島サクラマス」である。サクラマスといえば、天然物は幻と珍重される高級魚。養殖でさえ手掛ける生産者が希少な一級品の食材だが、関西なら意外と身近な所で最高の美味にありつける。渦潮を間近に臨む、南あわじ市の福良湾である。この地に根付いて腕を磨き、育成が困難なサクラマスの養殖に挑戦したのが、若男水産株式会社の前田若男社長だ。全国的に知られる「淡路島3年とらふぐ」の生みの親でもある。淡路島に相次いでブランド食材を誕生させた、成功の足跡を辿った。
美食の宝庫・淡路島は、夏の鱧、冬のふぐを目指して旅行者が押し寄せる。「そこで次は春の名物になるものを考えていました」と、前田さん。「以前から良質なサーモン類が育つことはわかっていました。それなら味で群を抜くサクラマス以外にない。旬の時期もぴったり合う。難しいことはわかっていましたが、味が良くないと結局は続きませんから」。一度試してみました、と軽く言うが大きな決心だったに違いない。重ねた苦労は、さらに膨大なものだっただろう。
なんと1年目の出荷数は、わずか半数しかなかった。試行錯誤の日々が続く。「サイズの違う魚を、同じ生け簀で育てていたことが最大の原因でした。大きい魚がいると、小さい魚は生きていけない。成長に合わせて生け簀を分けることが大切だとわかりました。餌の量もきめ細かく調整し、成分も淡路島らしく玉ねぎの皮を入れています(笑)。おかげで2年目からは軌道に乗せることができました」。
環境も大きな要因だ。海に囲まれた淡路島だが、サクラマスの養殖ができるのは福良をおいてほかにない。温暖な瀬戸内にあって水温が低く、湾になっているため波風が穏やか、台風の影響も受けにくい。高温が苦手なサクラマスにとって最適な条件が揃う。
水温が18度以下になる12月に入ると、いよいよ養殖のシーズン。300gの稚魚は、3月には約1㎏まで育ち、5月になると2㎏以上のものもある。水温が18度を超えると生きられないサクラマスは、初夏を待たずにすべてを出荷する。熟練の技を恵まれた自然が後押しするためか、福良の「淡路島サクラマス」は成長も早い。まさに桜とともに、満開と咲き誇る美味である。
短期間に出荷できる「淡路島サクラマス」。本来であれば強みだが、今年だけは様子が違った。新型コロナウイルスによる外出自粛の影響だ。
商品はネット通販を除けば、兵庫・大阪への流通が中心。ほとんどは、島のホテルやレストランに卸され、地元で消費される。旅行者が激減するコロナ禍において、仕入れが止まるのは仕方がなかった。高い水温では生きられないサクラマスだけに、とにかく水揚げするしかない。半年で成魚になる長所がアダになってしまった。「とりあえず冷凍加工をして、この先どうしようかと悩みましたよ。打開策として、今回のみ一般的なサーモンと同価格まで下げ、オフシーズンでの使用をホテルへ提案したのです」と、前田さんは過去を振り返る。苦肉の策であったが、なんとか朝食への採用が決定した。「すると宿泊者の評判が想像以上に良く、在庫の不安も解消できました」。苦境を逆手に取る見事な発想。生産者もホテルも、互いに救う妙案であった。
「サクラマスのおかげで旅行者がたくさん訪れ、おいしいと喜んでもらえるのは、一番のやりがいですね」。
コロナ禍だからこそ、逆に地域を活性化させるために何ができるか。漁業協同組合代表理事組合長のほか、兵庫県かん水養魚協会会長、全国海水養魚協会の副会長も兼任する前田さんは、業界を盛り上げるために力を惜しまない。
今年落ち込んだ分をバネに、未来はより高く伸びていきたい。そんな思いを抱き、自慢の美味に期待を込める。
[取材日:2020年7月30日]









熟練の心技が瀬戸内に咲かせる、美味の桜。「淡路島サクラマス」
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[ 掲載日:2020年9月23日 ]