九条ねぎの伝統とおいしさを、守り、育み、届けるために。
「こと九条ねぎ」
山田 紗矢香さん

1300年以上続く伝統・知名度・ブランド力と、三拍子揃う「九条ねぎ」。一方で、これほど生産者によって品質に差が出る伝統野菜も珍しい。実のところ九条ねぎは種などに規制が少なく、昔から色々な地域に出回ってきた。他県産の九条ねぎを見かけるのはそのせいだ。味よりも作りやすさに重点を置いた品種改良も少なくないと聞く。簡単に生産性を高めたい気持ちはわかる。だが…「美味しくない」と誤解されれば元も子もない。
良質な九条ねぎを広く全国へ届けることで、本当の伝統を守りたい–。
生産者都合ではなく消費者のために、本来の味を追求する生産者も確かにいる。それが、九条ねぎに特化した「こと京都株式会社」だ。
社長の山田敏之さんは、もともとアパレル関係の会社員。京都で農業を営む実家を継いで、この世界へ入った。当初は多品目栽培の一般的な農家だったらしいが、路線変更に踏み切った理由は何だったのか。就農当時の状況について、広報の山田紗矢香さんに話を聞いた。
「社長が就農した際、アパレル企業の感覚で年商を1憶円に設定したそうです。農業の常識ではあり得ません。業界を知らなかったからこその売り上げ目標です。実際には年商400〜900万円と、まったく手が届きませんでしたが、諦めませんでした」。
まず、設備や管理のコストを抑えるため1品目に絞り、年中栽培できる野菜に焦点を当てた。土地柄を考えれば京野菜を選ばない手はない。京都の食文化もヒントにした。この周辺は昔から、仕入れたねぎをカットして卸す業者が100軒以上あった。「それならば、生産者が栽培から加工まで一貫して行えば面白い!」。
九条ねぎ専門農家が誕生した瞬間である。合理的なビジネス思考を農業へ活用した見事な手法というしかない。
手がける品種は、原種に近い「あんじょう」にこだわる。栽培は難しいが、食感が柔らかく、生でも辛みが少ない。内側には、火を通すことで甘みが増す「あん」と呼ばれるものを蓄える。収穫直後にカットするため、納品までの時間も短い。味と鮮度の良さが評判を呼んだ。だが「京都にはねぎ業者がひしめき合っていた」。先述の言葉が蘇る。
そこで新しい販路を東京に求めた。それが2002年、ラーメンブームの黎明期と重なる。ねぎは必須の食材と目を付けたが、関東は白ネギが主流。青ネギは「ゴミ」と、馬鹿にされることも…。逆に、高すぎるという誤ったイメージにも悩んだ。半面、熱心な店主ほど高い関心を示してくれることもわかった。こうして山田社長自ら、ラーメン情報誌を片手に一軒一軒訪問したというから恐れ入る。気の遠くなるような話だが、7年後にはついに目標の年商1憶円へと結実するのだった。
厳選した品種、地道な営業努力。夢の実現を支えた、もうひとつの要素が丹念な栽培だ。縦に長い京都府は、エリアによって気候・気温がガラリと変わる。そこで、こと京都では、季節に合わせて一番美味しく育つ畑をリレーするのだ。夏は、涼しい亀山や美山の山間地へ。逆に、冬は積雪を避けて市内を選ぶ。これだけでも手間は相当なものだが、難しいのは地域によって異なる地質だという。それぞれに合った育て方を意識し、苗や植え方を変えるなど繊細な工夫が欠かせない。すべての畑を徹底管理する労力も想像を絶する。
安定供給や伝統の継承にも意欲的だ。九条ねぎを守るために発足した「ことねぎ会」は、生産者を組織化することで災害時のリスクに備える。新規就農者を支援する「独立支援研修制度」も立ち上げた。希望者は働きながら農業の知識と技術を学べ、独立後は畑の取得や人脈のサポート、販路の紹介などを受けられる。
近年は、ねぎづくりでお世話になった地域の活性化につながる事業も視野に入れる。「採れたての食材でBBQができる農業パークなどで、観光に貢献出来たらいいですね」と、山田さんは目を輝かせた。
九条ねぎを育てる。それは、食文化の継承、就農支援、地域おこしなど、無数の実りへとつながっているようだ。
[取材日:2020年6月11日]






九条ねぎの伝統とおいしさを、守り、育み、届けるために。「こと九条ねぎ」
- 取材協力
- 農業生産法人 こと京都株式会社
- 〒612-8236 京都市伏見区横大路下三栖里ノ内30番地
- tel:075-601-0668 fax:075-601-0662
- https://kotokyoto.co.jp/
- 事業内容:九条ねぎおよび加工品の製造・販売。
- *ご連絡・ご質問は、ホームページのお問い合わせフォームからお願いします 。
[ 掲載日:2020年7月20日 ]