平井牛

「平井牛」とは、肉用牛専門の肥育農家である平井家が育てた黒毛和牛を指す。肉用牛の多くは、繁殖か肥育か、それぞれ別の農家に担われる。生まれた場所とは違うところで育てられるから、牛は育成期間の最も長い土地が原産地となる。現在、黒毛和牛の銘柄牛(いわゆるブランド牛)は全国に155を数えるけれど、松阪牛、近江牛、伊賀牛などのようにほとんどがその原産地名を名前に冠している。
なのに、あえて平井牛と称するのは何故か。平井家のある京丹波地方は、文献によると700年以上も古くから和牛を育てていた土地である。その歴史を受け継ぐ農家のひとつとしては矜恃もあろう。平井家の牧場「京都丹波牧場」は、今や京都を中心に、北海道、三重県、宮崎県にも牧場を構え、年間約1700頭の黒毛和牛を出荷する規模である。実績からしても銘柄牛に劣るとは思えない。「当家の牧場は、明治元年創業ですが、それより前の江戸時代から肉用牛を育てていまして、私で5代目になります」という同牧場の後継者、平井和恵さんに話をうかがった。
案内してもらったのは、創業地に建つ牛舎。南丹市と亀岡市にまたがり、いくつか分かれて点在するのを見ると、扱う頭数が増えるにつれ拡張された様子がうかがえる。田畑に囲まれた平屋の牛舎内は静かなもの。風通しがよいのに臭いは漂ってこない。牛は声をあげたり動きまわったりせず、穏やかに育っているのがわかる。
「牛がリラックスして、無理することなく体内熟成できる環境づくりを徹底しています」と平井さん。「周りの自然は昔とあまり変わっていません。そのなかで、天然の地下水がいつでも飲めるようにしたり、粗飼料(草類)から自家配合の濃厚飼料へ牛の成長に合わせて最適な餌を与えたり、寝床には檜や杉のおがくずを敷いて常に清潔に保ったり、とにかく、のんびりと健康に育つよう気を配っています」
牛は経済動物とはいえ、命ある生き物だ。健やかに育つことが良い肉質につながる。肥育農家にとっては、素牛(もとうし)となる子牛を見極めるのも大事な仕事になる。「競りにかかる子牛は、血統を重視しますね。三代くらい遡って調べ、血統のよい血が濃く出ているか、骨格や姿形をよく見ます。それに、繁殖農家さんの育て方も確かめ、無駄な脂肪の付いていない伸びのある子牛を選んで競り落とします」
肥育期間が長いのも平井牛の特徴だ。「肉用牛は、月齢が全国平均28ヶ月前後で出荷されますが、それを33~38ケ月かけて育てます。月齢が30ヶ月を超えてくると牛の脂の融点が人の体温で溶けるほどになります。脂肪交雑(サシ)は、肩からモモに抜けるまで全身に細かくでて、見とれてしまいますよ。枝肉にすると、肉に照りがあり、バラは厚く、ロースは大きく歩留まりが髙いといった評価をいただいています」
平井さんは「信頼関係を築いた繁殖農家さんから導入した素牛を、従業員一同手塩にかけて育てた努力の結晶が、平井牛なのです」と締めくくった。それも、長い年月に亘って洗練させ確立された独自の肥育方法があればこそと思われる。実際の肉質や味についての評価は、事務所に並ぶ表彰状やトロフィーが物語る。これまで各地の品評会において、平井牛は優秀な成績を挙げてきているのだ。
近年はそうした情報が出回ることで、地元の京都でも平井牛にようやく気づく人が増えてきて、知る人ぞ知るという存在からは脱しつつあるようだ。平井さんも料理人とのつながりを広げようと動いているが、目は既に世界へと向けられていた。
ただ、課題と思われるのは、流通の仕組みにある。平井牛を卸した先の組織によっては、市場に出回るときには「京都肉」とか「京の肉」と表示されてしまうことだ。ここは、消費者との間に立つ料理人にはとくに、平井牛にもっと注目されたしと喚起を促したい。
[取材日:2018年9月20日]




平井牛
- 京都丹波牧場
- http://hiraigyu.com
- *取り扱い店舗の紹介もあります
- 参照
- ・牛肉をめぐる情勢(農水省)
http://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/tikusan/kikaku/h1604/pdf/data4.pdf - ・「京都肉」(銘柄牛肉検索システム)
http://jbeef.jp/brand/view.cgi?id=94 - ・「京の肉」(銘柄牛肉検索システム)
http://jbeef.jp/brand/view.cgi?id=93
[ 掲載日:2018年11月20日 ]