春の山菜

案内人:新居 勝己さん
兵庫県県尼崎市

陽射しも柔らかくなり、雪が溶けると、地表で一斉に芽吹くといった春のイメージがある。まさに、そうして顔を出したばかりの山菜を数種採取し、山から下りてきた“仙人”に会うため、尼崎へ行った。

もちろん、仙人は愛称。当人の新居勝己さんは今年66歳、山の渓流に生息する淡水魚を専門に追いかけて45年になる釣り師だ。自宅が尼崎市にある。

「鮎やイワナ、ヤマメを求めて、日本各地の山奥深く踏み入るうち、野生の食物にも興味を広げていったのです」。今回は、そのうちのひとつ、山菜の話がメインである。専門の淡水魚や、猪や鹿などについては、次の機会にうかがうことにした。

農林水産省によれば<山菜とは、山に自生する食用になる植物の総称。野菜の対語とされ、木の実やきのこなども含まれる>。いわば、天然の食材というのだが、新居さんは、長年の経験を踏まえたうえで、次のような独特の見方を示す。

「植物には、人に無害なものと有害なものがあって、山菜はその中間にあるもの。 有害だけど、使いかたによれば薬にもなる。無害だけど、おいしく食べるには工夫がいる。そうやって、もともとは、薬用と食用の両方から選別されてきたものです」

薬にするなら少量あればいいが、食材にしようと思えば、量も確保したほうがよい。そこで、エグミを抜くとかして効能を減じさせ、その分を食べられるようにしていった。そうした知恵も含めて見ていかなければいけないのだと、新居さんは話す。

「春の山菜は、冬の間、地熱の下がった状態で我慢していたのが、春になって一気に成長するので、香りが強い。本来、味わうべきは、この春の香なんです」

「とくに、一番最初に出てくる初物ほど、生命力がある。同じ食べるなら、力のあるほうが体にもよいし。だから、僕は、一番手を集めるようにしているのです」

渓流に生息する魚の生態を調べるために釣りを学んでいった経歴をもつ新居さん。日本の渓流はほとんど踏破。釣った魚を食材として提供するうちに、求められるニーズにあわせ、それぞれの究極ともいうべき収穫ポイントを見つけだしている。

山菜も、同じように、珍しく、かつ質のよいものを採ってきてくれるのだから、料亭などから声がかかり、いつしか、山菜採りもひとつの仕事になっていく。今では、春の時期は、兵庫県の但馬から山陰の大山までの山系へ入り、山菜を採取する。

「実感として、山で自生する植物の80%くらいは、食べられるのではないかと思っているんですけどね。でも、おいしいものとなると、20種くらいに絞ってます」。

とは言え、近年は環境が悪くなるばかり。全国の山を知る新居さんも「これまで大事にしておきたいな、と思ってきたようなポイントしか残っていません」という。 「魚も山菜も、水が命なんです」といいつつ、まだ、こういう川でなら大丈夫と教えてくれた場所は、名も初めて聞くようなところばかりだった(当然、公開不可)。

例えば、バイカモ(梅花藻)。清流でしか育たないとされる、水の中で生育する多年草がある。「これは、バイカモが育つ川が流れている土地の所有者に、ちゃんと断りを入れて、毎年、採りにいっているものです」と、新居さん。

野菜とちがい、自然に生えているものを採る場合、山や野といえども他人の土地に足を踏み入れる。採るにしても一定のルールを守らなければならない。その点、必要なら断りを入れたり、厳選して採取するなど、新居さんの“仕事振り”をうかがうと、これこそ、山菜採りのプロと思えてくるのだった。

[取材日:2012年3月30日]

ミニバンに道具一式を積んで山に入る。新居さんを訪ねた日は、山菜が積まれていた。3月から6月までは、山菜採りがメインで、週の半分が山。6月からは、川に入りびたりになるという。
フキノトウ
春一番に出る山菜。フキの花のつぼみ。独特の香りとほろ苦い味を親しむ人は多い。天ぷら、煮浸しなどで食す、油で炒めると苦味は減じられる。
クレソン
オランダガラシとも呼ばれる。明治初期に渡来し、野生化したもの。爽やかな香りと辛味が特徴で、消化促進作用があり、肉料理との相性がよい。
ノカンゾウ
ユリ科の野草花。若葉は、アクがなく、甘味があり歯ごたえもよい。おひたしにして、酢味噌で食すほか、茹でてサラダや和え物にもあう。
ノビル
葉も白い球形の根(鱗茎)も食べられる。玉ネギに似た香りと辛味がある。生食もできるが、味噌汁の具など薬味としても使える。
山ニンジン
若苗の葉がニンジンに似ているので、この名がついた。茹でて、よく水にさらし、アク抜きをしてから料理することが望ましい。
バイカモ
新居さんは、採ってから写真のような水の入ったパックで運ぶ。葉や茎が食用になる。茹でて酢の物にしたり、和え物にするとよい。

春の山菜

取材協力
兵庫県芦屋市で自然農法・有機農法の無農薬野菜を販売する「CA(シーエー)」
*新居さんの採取した山菜が入荷される日もあるという
http://www.ovca.jp/
新居勝己(にい かつみ)さんの連絡先
尼崎市蓬川町15
携帯:090-7753-0041
参照
・農林水産省の山菜案内
http://www.maff.go.jp/j/pr/aff/1005/spe2_01.html

[ 掲載日:2012年4月10日 ]