毛馬キュウリ

関西では“ザクザク”の名で知られる、キュウリの酢の物。薄く輪切りにしたキュウリを塩もみし、三杯酢で合えた料理だから、さっぱりしておいしい。暑さに消耗し、食のすすまないときでも味わえる。夏には欠かせない一品だ。
ザクザクは、キュウリを包丁で切った音とも、歯でかじった音ともいわれる。それほど、歯切れがよく、かつ、甘い香りなどの特徴をもつのが、大阪の在来種「毛馬キュウリ」で、ザクザクの元祖とされる。
起源を江戸時代まで遡れる毛馬キュウリは、栽培する農家もなく、長い間忘れられた存在だったが、1990年代に復活。なにわの伝統野菜に認定され、近年ようやく栽培する農家が増えてきているとか。
大阪・泉北で有機農業を実践する仲野忠史さんは、その毛馬キュウリを大阪府から支給された原種で作り続けている。「毎年、収穫した後に自家採種。そうした固定種で、ずっと育ててきました」という。
種には、一代交雑種で作られたF1というのがある。その種から育てると、一代限りだが収穫率は高く、大きさも揃って実る。けれど、と仲野さん。「収穫率は劣り、不揃いでも、畑になじむのか、確実に品質のよいのを育てるには、固定種に限ります」。
仲野さんは、農協勤めから専業農家へ転身。農業を指導する立場だったのが、自ら育てる側になり、目指したのは有機農業だった。やはり、安全、安心なものを作るという観点からの結論なのだろう。
もちろん、毛馬キュウリも有機で育てる。「この品種は、手間キュウリともいわれるように、育てるのに手間がかかるんです」と仲野さん。葉が雨に濡れると、菌を発生させるベト病になりやすいのに、農薬は使わない。雑草も手で抜く。
有機農業の畑では、コンパニオンプランツといって、作物と共栄できる雑草をあえて伸び放題にしているところもあるが、仲野さんの畑は、見慣れた畑と同じようにきれいなもの。こまめな養生がうかがえる。
露地栽培の毛馬キュウリは、5月に苗植えをしたのが見事に育っていた。この1ヶ月がまさに旬。約40日にわたって収穫されるという。
「実が生り始めたら、こうして、重しを付けていくんです」と仲野さん。毛馬キュウリは成育するにしたがい、形はいびつに曲がったりする。それを防ぎ、直線に近い形で育てるため、1本ごとに重しをぶら下げておく。
「納品先の漬物屋さんでは、まっすぐなA品のキュウリが求められていますからね」と、事情を話す。野菜には「標準規格」があり、曲がり具合など細かな規格が設けられ、規格別に流通価格も異なっている。安心、安全が担保されるなら、高く売れるものを作るのは当然だ。
このように、仲野さんは、経営的な視点をもちつつ有機農業を進める。国や大阪府の認定を受けた認定農業者であり、大阪府の大阪エコ農産物認証を受けている(それぞれ、詳しくは下記アドレスのHPを参照)。
「毛馬キュウリは、2日間糠に漬けてもシャキシャキしてます。苦味がうま味になって、さらにおいしくなります。胡麻をふりかけるだけでも、うまいですよ」。
残念ながら、仲野さんの作る毛馬キュウリは、ほとんどが漬物屋など納品先が決まっている。けれど、手がけるものは、米、トマト、ナス、ネギ、シソ、玉ネギなど多岐にわたる。それを、ほぼ一人でこなす。
トマトにはバジルが共栄植物として合うとか、深い水田での米作りなど、興味深い話が続く。仲野さんを頼って訪れるのは、近所の農家ばかりではない。料理人や流通関係者など多くの人が、話を訊いたり、育つ作物も確かめに来るというのも納得できるのだった。
[取材日:2011年6月30日]





毛馬キュウリ
- 取材協力
- 東果大阪株式会社 / http://www.toka-osaka.co.jp/
- 大阪府なにわの伝統野菜については、以下のHPを参照
- http://www.pref.osaka.jp/nosei/naniwanonousanbutu/dentou.html
- 大阪エコ農産物認証制度(大阪府)については、以下のHPを参照
- http://www.pref.osaka.lg.jp/nosei/syokunoanzen/ekonousanbutsu.html
[ 掲載日:2011年7月12日 ]