難波ネギ

先日、深夜テレビで映画「百万円と苦虫女」を観ていると、こんなシーンがあった。主人公の苦虫女(蒼井優)が恋人(森本未来)の部屋を初めて訪れ、窓の外に並べられた植木鉢のなかに、先っぽの切れたネギ(葱)が植えられているのを見つける。「うちの祖母も、こうしてネギを保存していたわ」と、打ち解けていくのだった。
二人が出会ったのはアルバイト先のガーデニングセンター、という設定ならではの挿話である。実際、根のついたネギは、先を切り取った後でも根の部分を残し土に植えておくと日持ちするらしい。しかし、映画の舞台は東京近郊。あれは、小さな青ネギだったはず、関東にはそぐわないように思うのだが…。
というのも、ネギといえば、関西では青ネギ(葉ネギ)、関東では白ネギ(根深ネギ)を指す定説があるから。関西のスーパーには刻まれた青ネギがパック入りで並んでいるのに、関東では見たこともない、なんて噂も耳にする。
近頃はそうでもないですよ、と市場関係者。「ネギは、一年を通じ、日本の各地で多様な品種が栽培されており、今や全国的に青ネギも白ネギも年中並んで売られてますよ」とのこと。うどんやそばに加え、ラーメンにも薬味はどこでもたいてい青ネギが使われているように、需要の面では地域差が見えにくくなっているという。
ただし、栽培になると、話は別。たとえば、関西に多い粘土質の土壌では、根を深く植えることができないので、白ネギ(根深ネギ)系の栽培には向いていない。根は浅くとも、葉が日に当たって育つ青ネギ(葉ネギ)にどうしたって力が入る。関西の青ネギ、関東の白ネギとは、生産の傾向と理解しておいたほうがいいようだ。
その関西の青ネギを代表するのが、九条ネギ。京の伝統野菜にも名を連ね、全国的に知られるようになった。本来は冬が旬で、ここしばらくは、葉にとろっとしたヌメリのある、おいしい時期の味を楽しめる。
「実は、九条ネギの元祖となるネギが大阪で作られているんです」と、市場関係者。
「一説によれば、かつては、大阪つまり難波は、ネギの大きな生産地でした。そこで作られていた青ネギが、関西の青ネギ・葉ネギの元祖となり、そこから京都をはじめ西日本を中心に全国へ広がったとされています」ということだった。
難波で作られていたから、いつしか「難波ネギ」と呼ばれるようになったとか。今では、継承された数品種の青ネギを総称する。近年は、関係者の間で、なにわの伝統野菜の認証を得ようとの動きも出てきている。
大阪府松原市の稲田元正さんは、その難波ネギの栽培に力を入れてきた。「私のところでは、1970年代から父が本格的に取り組んでおり、それを受け継いでいます」。稲田さんは、今も毎年種から大事に育てているという。品種は、博多九条ネギ、鴨頭(こうとう)ネギ、それに昔から丸長と呼ばれるネギの自家採種など。
「短くて60日、長いと6ヶ月、それぞれ成育期間の異なるのを連続して育て、周年で収穫できるようにしています」。東部市場(大阪市中央卸売市場)など卸先と協調の結果、この数年は、お好み焼き店、たこ焼き店、ラーメン店の個店別の取引先が増えつつある。
「料理人ごとにこだわりがあって。品種を指定されたり、大きさ、太さ、色目、香り、粘りなど細かい注文があります。どんなニーズにでも対応できるよう、いろいろネギを作り分けているんです」。こうして、1年を通し、安定した品質で出荷していることから、稲田さんはネギ名人とも呼ばれる。
葉ものは味に差がでにくいといわれるなか、おいしいネギを作る秘訣を問えば、「肥料の差でしょうか」との答えが返ってきた。稲田さんは、もみ殻と馬糞や牛糞を合わせた自家製の有機堆肥を使う。それもトラクターで畑に混ぜるくらい大量に。「有機肥料だからか、ネギの色も濃いし、のびのび育っているのがわかるんです」。
畑へ近づくほど、硫化アリルを起因としたネギ特有の匂いが香ってくる。切ってもいないのに、これほど匂いを強く感じるなんて、他の野菜では経験したことがない。「寒い時期を耐えているから、甘味も増して、おいしいよ」と稲田さん。
名前に拘泥するが、九条ネギや下仁田ネギは品種として認められた名であるのに、難波ネギは通称である。その実情を超えて、青ネギといえば難波ネギ、と広く知られていくためにも、関西の料理人にもっと多用してほしいと思うのだった。
[2011年2月25日取材]




「難波ネギ」
- 取材協力
- 東果大阪株式会社 / http://www.toka-osaka.co.jp/
[ 掲載日:2011年3月8日 ]