板持海老芋(いたもちえびいも)

関西では祝宴の料理や正月のお節料理に欠かせない海老芋。今が旬で、これから出荷のピークを迎える。芋の身は締まり、粘り気があって煮ても形が崩れない。しかも、風味よく、口当たりは柔らかで上品な味わいが重宝されている所以だ。
京都には、海老芋と棒鱈の炊き合わせ料理“いもぼう”を看板商品にする老舗料理店がある。一説では、その店が海老芋の栽培(エビの姿に似た紡錘形に育てる方法)を広めたと伝えられている。
現在、海老芋の産地は全国に拡大(収穫量のトップは静岡県)。けれど、それらと比べれば、京都産の海老芋は今も格別な存在である。京の伝統野菜37品目のひとつに挙げられ、ブランド力で勝る分、流通価格も高めのようだ。
しかし「味、大きさ、美しさがそろう一級品」と、市場関係者の間では京都産よりも評価の高い海老芋がある。大阪府富田林市板持(いたもち)地区で作られてきたもので、“板持海老芋”と呼ばれる。京都や大阪の料亭で指名買いする店も多く、東京の築地市場にも卸されている。
その板持地区を代表する生産農家として知られる乾農園の乾勝秀さんを訪ねた。海老芋を栽培して3代目。良いものを作る秘訣を問えば「とにかく、素直に大きくなるように育てること」との返答があった。
海老芋はサトイモの品種のひとつ。地下茎が食用になる。毎年4月、芽の出た種芋を植え、半年かけて育てる。「種芋を親に、子の芋、孫の芋と分かれ、育っていく。親芋と子芋を離すよう、間に土をいれる“土寄せ”を繰り返せねばならず、手間がかかるんです」と乾さん。
土寄せは、根菜類の栽培で必要な作業。根や地下茎が大気に触れて乾燥するのを防ぎ、地中の空気を入れ替え活性化させる効果をもたらす。加えて、海老芋の場合、土寄せによって圧した子芋を先太りの紡錘形にしていく。土の中が見えないだけに、きれいな形に育てるには熟練の技が求められる。
「子芋が育つのは夏。土寄せだけでなく、水やりも大事。土が乾燥しないようワラを敷いたり、少しも目が離せないですよ」。乾農園では、菜種カスなどの有機肥料を使い、減農薬化もすすむ。必然的に除草も手作業で「鍬の仕事が多い」と乾さん。
そうした手間を惜しまず、時間をかけた丹精な仕事の積み重ねによって、極上品が生まれる。海老芋が高級食材といわれるには理由があるのだった。
逆に、海老芋は手間ひまかけないと作れないから、栽培に力をいれる農家は減少していく傾向にある。板持地区でも先細りだったという。その危うい状況を救ってくれたのが、浪速料理の名割烹「㐂川(きがわ)」の創業者、上野修三さんでしたと、乾さん。
「10年程前でした。上野さんが突然来られ、うちの海老芋を見つけてていただき、広めてくれはったのです」。それまでは、細々と京都へ卸す日々だったとか。京都のほうが大阪より高値で売れるのだから仕方がない。同じ海老芋でも、料亭などで需要の多い京都と、総菜など普段使いの需要の多い大阪、という食文化の違いが現れた話も聞けた。
上野さんが、周りの料理人などへ板持海老芋の存在を知らせてくれることで、あらためて知れ渡ったようだ。たとえ、商いは細くとも、代々受け継いできた栽培生産の手は抜かない。その結果、価値が認められ、再び注目を集めるようになったのだ。
「食べ比べてもらうと、良さがわかってもらえるんです。海老芋はもともと繊維質が少ないし、うちのはトロトロ、滑らかな食感がより強くなっています」と乾さん。 板持海老芋が、日本料理だけでなく、多様なジャンルで使われるように、もっと広まってほしいとの願いが込められているのを感じた。
[2010年11月25日取材]





板持海老芋(いたもちえびいも)
- 取材協力
- 東果大阪株式会社 / http://www.toka-osaka.co.jp/
- 「板持海老芋」が購入できる通販サイトのご案内(ご利用される場合は下記サイトと直接お取引ください)。
- http://item.rakuten.co.jp/1pin1e/10000651/#10000651
[ 掲載日:2010年12月3日 ]