たった一人の情熱が蘇らせた
幻の伝統野菜。
「軟白ずいき」

生産者:カネヨシ農園 木本 芳樹さん
奈良県奈良市

失われた大和の伝統野菜

各地に伝統野菜は数あるが、現代ではほとんど栽培方法が残されておらず、幻とされていた作物をご存じだろうか。それが大和の伝統野菜のひとつである「軟白ずいき」だ。ちなみに「ずいき」というのは野菜の品種名ではなく、「トウノイモ」という里芋の茎や葉柄部分を指す名称だ。旬は7月末から9月前半で、昔の奈良県では料亭で重用されていた高級食材だった。最盛期には、奈良市に約20軒が栽培していたそうだが、高齢化などの理由から徐々に減少。自家用に作る人はいたが、市場への出荷は20年以上も前に途絶えてしまった。
それを一人で復活に取り組み、現在も栽培を続けているのが木本さんだ。軟白ずいきとはどのような野菜なのだろうか。生産地である奈良の西狭川町へ向かった。

たった一人で「軟白ずいき」の復活と栽培に尽力

軟白ずいきに興味を持ったきっかけは雑誌の記事だったそうだ。
「会社員時代、雑誌に“幻の伝統野菜”として紹介されていたのを見たのです。軟白ずいきは、奈良県のパンフレットにも大和の伝統野菜として載っています。それを幻として、途絶えさせるわけにはいかないじゃないですか。あと、子どもの頃に食べた味が忘れられなくて…」。
こうして定年退職を機に挑戦をはじめ、2018年に復活させたという。
「実家が専業農家だったので基本的なノウハウはありましたが、軟白ずいきについては、本にもネットにもほとんど情報がないんです。過去に作っていた方も亡くなっていて。知識のある人を見つけるだけでも大変でした」と、当時を振り返る。

丁寧な遮光作業が生む軟らかな食感

栽培の特徴は、茎部分に巻き付けられた新聞紙や米袋だろう。完全に遮光することで、“軟白”の文字通り、白く軟らかく育ち、アクの少ない調理しやすいやすい食材になる。もしも陽光に当たるとどうなるか?赤く変色してしまい、「軟白ずいき」としては価値を失ってしまうのだ。作業は慎重の上にも慎重を期し、大きいものは1本につき2分もかかるという。畑には約1000本を植え付けるため、単純計算で30時間以上の大仕事だ。
巻き終わっても安心はできない。紙である以上、雨などで破れる可能性があるからだ。どうしても部分的に赤くなっているものができてしまう。また、新聞紙を剥がす工程も簡単ではない。もしも張り付いた紙をタオルで拭こうものなら、すぐにキズが付いて黒ずんでしまう。例えるなら、生まれたての赤ちゃんをガーゼで洗うような繊細さが求められるそうだ。
「ごくわずかでも赤くなれば、軟白ずいきとしては販売しません」と木本さん。毎年出荷できるのは6割程度というから、いかに厳しい基準を設けているかがわかる。

ミシュラン掲載店も注目

時間と労力を注ぎ込んでやっと完成する「軟白ずいき」だ。貴重な伝統野菜の復活に市場も沸いたのではないだろうか。
返ってきた答えは意外なものだった。
「長く栽培が途絶えていたため、認知の低さが課題になりました。加えて高価格です。市場に広く出回るのは困難でした」。
それでも、料理店やホテルへ飛び込みで開拓を続けた。一流店のシェフはやはり良い食材であることを知っている。徐々に鮮度や品質が評判になり、口コミが広がり始めた。レストランなどから注文が増えはじめ、今ではミシュラン掲載店からもリピートでオーダーが入る。

料理人の想いに応える上品な風味

さて、星を獲得したシェフが欲しがるその実力とは?
「アクが少なく上品な風味です。出汁もよく吸うので、料理人それぞれが、こだわりや想いを込めやすい野菜です」。
美しい純白は、見た目にも映えるだろう。木本さんオススメの食べ方は、夏野菜と合わせた浅漬けだと教えてくれた。料亭からお茶の間まで、幅広い調理法に応えてくれるのがわかる。そして、もうひとつ。忘れてはいけない魅力が食感だ。軟らかさの中にシャキッとした独特の歯ごたえがあり、一度食べたらクセになるとか。
「将来、軟白ずいきが奈良県の食文化の一翼を担う存在になって欲しいですね」。
力強い言葉に、期待が滲む。今後も木本さんの活躍から目が離せない。

[取材日:2025年7月22日]

丁寧な作業が求められる新聞紙の巻き付け
新聞紙は軟白ずいきが小さいうちから巻いていき、成長に合わせて追加しながら4回ほど巻き直す。5~7月末までほぼ毎日行う、手間も時間もかかる重労働だ。「全然、採算が合わない(笑)」と木本さん。
紙の巻き方は、試行錯誤を繰り返す
紙はゆるく巻いてみたり、きつくしてみたり毎年色々試すが、100%正しいと思える方法は見つかっていないそうだ。素材も水で破れないビニールなども考えたが、柔らかすぎて巻きにくく余計に手間がかかるとか。現状では紙が一番ましだという。
大きいものは約1メートルにも
こだわりは、より白く、より大きく育てること。モノによっては、ほぼ木本さんの身長ほどもあるから驚く。
良いものをつくる喜びが原動力
一番のやりがいは、紙をめくったときの白い輝きに尽きる。商品価値というよりも、職人としての達成感が至上の喜びだ。
上部の赤い部分は「ずいき」として出荷
巻いた新聞紙から上の赤い部分や、途中で赤く変色したものは「ずいき」として、野菜の直売所「旬の駅ならやま(奈良県奈良市奈良阪町2626-2)」などに並ぶ。こちらもおいしく、また手にしやすい価格なのも嬉しい。

たった一人の情熱が蘇らせた幻の伝統野菜。「軟白ずいき」

取材協力
カネヨシ農園
奈良県奈良市西狭川町570
tel:0742-95-0587
事業内容:「軟白ずいき」をはじめとする農産物の栽培および販売。

[ 掲載日:2025年9月19日 ]