葉は食用、根は漢方。
知る人ぞ知る和のハーブ。
「大和当帰(やまととうき)」
知る人ぞ知る、奈良に伝わるレア食材
さまざまな食材が店頭に並び、飽食の時代ともいわれる現代。一方で優れた価値を持ちながら、生産地でもほとんど知られていない稀有な食材がある。奈良で古くから栽培されている「大和当帰」もそのひとつだろう。一言でいえば「和のハーブ」だが、どのような作物なのか?なぜ知る人が少ないのか?より詳しい情報を求めて、五條市の益田農園にお邪魔した。
愛されながらも、知名度の低さが販売のネックに
大和当帰は、葉の部分が食材になり、根の部分が漢方薬として使われるせり科の植物。セロリに似た風味で、好きな人はとことんハマるそうだ。葉物野菜として料理に使うほか、ドライハーブや大葉の代わりにもなる。ちなみに益田さんが一番好きな食べ方は、天ぷらだとか。また焼酎に入れると、香りが出て風味が深まるそうだ。食べるだけではない。乾燥した葉を枕に入れればリラックス効果があり、お風呂に入れると冬でも暑いと感じるほど温もるという。使用シーンは驚くほど広い。
ところが、五條市は良質な大和当帰の本場でありながら、市場に出回ることはほとんどない。
その理由を益田さんに尋ねた。
「昔は多くの人が作っていましたが、柿の栽培などに切り替える農家が増え、生産者がわずかになったという経緯があります。バイヤーさんも興味は示しますが、普通の野菜のような回転率が望めず、仕入れても半分ぐらい破棄することもあるため続かないのです」。
手に入らないから認知が上がらない、認知が低いから流通しないという事情があったのだ。
大和当帰を未来へ残すため、利益より生産を優先
もう一つ、重大な問題がある。
根の卸売り価格が安く、作れば作るほど赤字になるというのだ。
果物や野菜はブランド化などによって、ある程度価格を調節できる。ところが生薬は、国産であっても、品質が高くても値上げが難しいという。
「安価な中国産の当帰が入ってくることも、価格を上げられない原因のひとつです」と、薬の世界ならではの厳しい内情を教えてくれた。
そのうえ、ほとんどの工程が手作業。とにかく手間がかかるのだ。中でも、根の間についた土を取り除く作業に、膨大な時間が必要になる。細かい部分は極細のドライバーを使って丁寧に取り除き、その後は何度も水で洗う。洗浄だけで10日も費やすのだ。
「簡単に言うと、根の売り上げと、洗浄のコストがトントンです。肥料や資材、植え付け、草引き、収穫などの費用はすべて持ち出しになります。葉の利益が、それらの出費を補う形ですね」。
確かにこれでは、生産者も生産量も増加は期待できない。
どうして利益が少ない作物を、あえてつくり続けるのか?
「誰かが作り続けないと、種が残りませんから。将来『大和当帰を作りたい!』と言う人が現れた時に渡せるじゃないですか。本当はやめたいんです」と苦笑いする。
大和当帰を未来に残したい。その気持ちが原動力なのだ。
資源を有効利用する「循環型農業」に取り組む
大和当帰を守るため生産にこだわる益田農園だが、栽培技術にもこだわりがある。それが循環型農業と呼ばれるもの。捨てれば産業廃棄物だが、農業なら有効資源になるものを「未利用資源」と呼んで積極的に利用するのだ。
「例えば、米の研ぎ汁は下水に流せば害になりますが、畑に入れれば肥料になります。畜産堆肥などもそうですね」。
益田さんは無洗米メーカーから、生産過程で出る不要な成分を購入して土づくりに活用する。米を食べることで生まれる物を使って作物を育て、また米を食べる人に出荷する。メーカーと消費者と農家の中で、資源を循環させるイメージだ。
大和当帰についての目標は、何より知名度アップ。そして、まずは黒字化すること。儲けたいからではない。利益が上がれば、増え続ける耕作放棄地を利用して、高齢者に栽培を委託することができる。地域活性と農地の問題を解決することが目的なのだ。
「この夢は、まだ捨てきれません。そのためにも利益を出さないといけない」。
夢をお手伝いするために、まずは今夜あたり当帰の天ぷらを肴に、焼酎にも1枚浮かべて味わってみたい。
[取材日:2024年8月8日]
葉は食用、根は漢方。知る人ぞ知る和のハーブ。「大和当帰(やまととうき)」
- 取材協力
- 益田農園
- 奈良県五條市滝町359
- tel:0747-26-0141 fax:0747-25-3656
- mail:info@nagoyaka-masuda.jp
- 事業内容:柿、キャベツ、玉ねぎ、ブロッコリー、酒米、トウモロコシ、大和当帰などの栽培および販売。
[ 掲載日:2024年9月20日 ]