ギネスに新たな分野を拓いた、
世界一甘い桃。
「包近の桃 まさひめ」

世界一甘い桃は、岸和田にあった
スーパーや青果店に漂う甘い香りに目をやれば、桃が目に付くこの季節。桃といえば山梨や岡山などの大生産地をイメージしがちだが、大阪府にも明治時代から盛んに栽培されている地域がある。岸和田市の東部にある包近(かねちか)地域だ。収穫量こそ一歩譲るが、「包近の桃」は甘さとみずみずしさで確固たる人気を築く。そんな名産地において、ギネスブックにも登録される「世界一甘い桃」を育てている生産者が、マルヤファームの松本さんだ。その誕生秘話を求めて、だんじりの町を訪れた。
農業人生を変えたバクタモン栽培との出会い
30代で実家の農業を継いだ松本さんだが、その際先は不安が付きまとうものだった。家族全員で目いっぱい働いても、満足できる利益が出ない。生活への不安から、転職も考えたほどだったとか。そんな頃、中央卸売市場の知人から「一箱一万円で取り引きされているリンゴ」の話を耳にする。当時はバブルがはじけて、あらゆるものが値下がりしてる時代。それでも売れるほど、甘くておいしいという。
「そんなことが桃でもできれば、新しい道が拓ける」。
リンゴの生産者を紹介してもらい、教わったのが「バクタモン」と呼ばれる土壌改良剤だった。
桃に取り入れた事例はなかったが、「桃もリンゴも落葉樹だからできるだろう」。そんな気持ちで試してみたそうだ。
1年目から糖度計を振り切る糖度を実現
バクタモンの効果はてきめん。桃は糖度19度が限界といわれてきた当時において、いきなり23度を達成したのだ。こう聞くとバクタモンばかりに注目しがちだが、松本さんが最も大切にしているのは独自の肥料設計。この2つに甘さの秘密があるのだ。
これならやっていけるという希望の半面、課題もあった。確かにおいしいが、しつこい甘みが口に残るのだ。
「ひたすら肥料設計を見直しました。色々な比率や成分を試行錯誤して、一番おいしくなるバランスを探したのです」。
納得できる味になるまで5年かかったというから、莫大な努力と苦労が伺える。
更なる糖度を求めて研究を重ねていたある時、どの桃も25.5度を記録することがあった。不思議に思い、糖度センサーのメーカーに問い合わせると、「機械が故障している」との返答。担当者が調べると、開発時に糖度25度を超える果物を想定しておらず、25.5度までしか表示できない設定だったことが判明。限界を振り切っていたことがわかった。
人のつながりが手繰り寄せたギネス記録
2012年のことだ。松本さんの桃がテレビで取り上げられた際「糖度で世界記録を狙いますか?」と問われた。思わず「4年前の記録(22.5度)を超えたら挑戦したい」と答えた松本さん。
するとタイミングを合わせたように平均糖度23.4度が出るのだから運命は面白い。こうして「まさひめ」という品種でギネスへのチャレンジがはじまった。
ただ、当時のギネスブックには、青果の糖度というカテゴリーが無く、当然、判断基準も存在しない。ギネス社にしてもはじめてのことだ。松本さんのもとに、多種多様な質問と要望が届く。糖度についての論文をはじめ、農法や糖度検査に違反がないことを証明する書類などが求められた。「英語がわからないし、できるわけがないと思いました」。
それでも諦めることなく、必死に動く松岡さんのもとに次々と支援者が現れる。大阪府の農業普及員、岸和田市の農林水産課、まさひめの開発者、農水省の職員など多く力が集結し、幾度も立ちはだかる壁を乗り越え難題をクリア。2015年に「世界一甘い桃」としてついに世界記録が認定された。
包近の桃で世界中から観光客の誘致をめざす
将来の夢はアメリカの経済誌「フォーブス」に載ることだ。「海外の旅行客へアピールして、インバウンドを対象にした桃狩りを企画してみたいですね。現地でしか味わえない、樹上で完熟した本当においしい桃を世界中の人に知ってもらいたい」。
関空に近い土地であり、来年は大阪万博だ。夢はどこまでも広がる。
[取材日:2024年6月13日]

前例のなかった「果実の糖度」でギネス記録を達成。3年におよぶ努力と、多くの人の支援が見事に結実した。

ネット販売する桃は、光センサーで測定して糖度を保証。

桃を卸すのは、ほとんど岸和田市周辺だけ。市外に出荷を望む声は後を絶たないが、まず受けることはない。なぜなら、輸送時間や棚持ちを考慮すると完熟前に収穫することになるから。「完熟していない桃を出すのは納得できません」と松本さん。

旅行会社が企画するツアーにも桃選果場が組み込まれ、松本さんの桃が一つの目玉になっている。


桃は甘い部分に白い斑点が現れる。松本さんの桃は、糖度を高めるほど全体が赤色からクリーム色になった。味は良いのだが、当時の選果場では見栄えの悪さからランクが下げられてしまったという。そして「もう自分で売るしかない」とネット販売をスタート。現在は予約販売が15分で完売する人気に。

甘い桃は虫や害獣の標的。タカの絵を描いた凧を飛ばすなど、工夫をこらした対策で。大切な果実を守る。
ギネスに新たな分野を拓いた、世界一甘い桃。「包近の桃 まさひめ」
- 取材協力
- マルヤファーム
- 大阪府岸和田市包近町544-6
- tel:072-441-0790 fax:072-441-0790
- mail:maruya-peach@mail.goo.ne.jp
- 事業内容:桃・みかんの栽培および販売。
[ 掲載日:2024年7月19日 ]