自社生産の無農薬米から
清酒を醸してつくる日本で唯一の米酢。
「富士酢」

生産者:株式会社 飯尾醸造 飯尾 彰浩さん
京都府宮津市

上質な米酢づくりと地元への貢献を両立。

稲刈りの季節を迎え、忙しくなるのは農家だけではない。蔵人や契約農家が栽培した無農薬の米から米酢をつくる飯尾醸造がそうだ。日本にお酢メーカーは数あれど、自ら無農薬米を育て、清酒を醸し、米酢をつくっている所はほかにない。
きっかけは、高齢化などで使われなくなった棚田への配慮だった。このまま荒れてしまうと、美しい景観が失われてしまう。そこで空いた田んぼを借り、まったくの素人だった蔵人が稲作に挑戦したのだ。
損得を無視した郷土愛ゆえの取り組みといえる。

コストの面でも契約農家を手厚く支援。

契約農家から仕入れる米も、無農薬であることが条件だ。あらゆる面で手間がかかるのは当然だが、もっとも苦労するのは雑草対策だとか。除草剤が使えない中、どのように対処するのか。たどり着いた答えが「再生紙黒マルチ農法」だった。聞きなれない言葉だが、文字通り田んぼに黒い紙を敷いて苗を植え付けていく方法で、紙が日光を遮断するため雑草が生えない仕組みになっている。紙は時間とともに溶けて土に帰るため、環境への負荷もない。ただし、導入に当たっては専用の田植え機が必要になる。価格は1台約400万円。なんと飯尾醸造が3台を購入し、全額を受け持った。紙も無償で提供しているそうだ。
支援はこれだけに留まらない。米は農協の約3倍で買い取るという。苦労して作るのだから、できるだけ高値を付けたいという想いが滲む。
「新しいことには、誰もが最初はためらうじゃないですか。無農薬栽培のハードルを下げる意味で多彩なバックアップを用意しました」。
決して軽い負担ではないはずだ。それでも良質な米づくりのためなら支出を惜しまない。
ちなみに契約農家は丹後エリアに限定。もちろん地元に広がる田園風景を守るためだ。

一般的なお酢の50倍もの時間をかける伝統製法。

簡単に言うと本来のお酢づくりは、米を発酵させて清酒にし、そのアルコール分を酢酸菌が発酵させていくという工程をたどる。ところが、ほとんどのメーカーは他社から購入した醸造アルコールを添加する。発酵も短時間で済む機械による「全面発酵」。完成まで、わずか2週間程度だ。飯尾醸造は、すべて自社製の清酒を使い、ひたすら静かに発酵させる伝統的な「静置発酵」を継承する。この時加える酢酸菌も特別なもので、130年前から代々守られてきた伝家の菌だという。それほど昔のものをどうやって現代まで?
「清酒の表面に浮かべる酢酸菌はごく少量ですが、5日ほどで表面を覆うほどに増殖します。そして次にお酢を発酵させる時は、この膜の一部を新しい清酒に浮かべ直す。すると、また膜が張る。こうして、創業当時の菌をずっと植え継いでいます」。
静置発酵はお酢になるまで100日以上かかるため、米づくりから数えれば出来上がるまで2年もの月日と手間が注ぎ込まれているのだ。

贅沢な米の使用量も、富士酢を知るうえで欠かせない。醸造アルコールのお酢は1リットルあたり40gの米でつくるが、富士酢は5倍の200g。富士酢プレミアムに至っては320グラムも投入するのだ。
さて、気になる味わいはどうだろう。一番の魅力は豊かな旨味と、柔らかい風味にある。市販品は含まれる酸のうち、99%がツンツンとした酢酸だ。一方で富士酢の酢酸は85%程度。ほかに乳酸やアミノ酸、クエン酸、リンゴ酸などを豊富に含有するため、まろやかなテイストになる。酢飯にすればおいしさも長持ちするというから嬉しい。

お酢を通して、地域とともに発展をめざす。

お酢づくりに加えて6年前にはイタリアンレストラン「aceto(アチェート)」をオープン。続いてもう一件、カフェレストランの新設が進行中だという。その狙いは宿泊を伴う観光客の誘致をはじめ、新たな雇用の創出や若者のUターンまで広がる。飯尾さんの視野にあるのは、常に丹後の活性化だ。
伝統を大切に守りながら、未来の発展にまで活かしていく。
おいしさだけではない、富士酢の大きな可能性に期待も高まるばかりだ。

[取材日:2023年10月3日]

かけた時間が美味を生む「静置発酵」。
熟成中は2ヶ月に1回のペースでタンクを入れ替える。空気に触れさせることで、よりまろやかな風味になるからだ。“いい素材”を“たっぷり”使い、“じっくり”手をかけて長期発酵・熟成させることが、唯一無二の味をつくる秘訣だ。
人が主役のお酢づくり。
蔵の中では、製法だけでなく、道具も昔ながらのものが現役で活躍。安全や労働環境を整える機械は導入するが、味に関わる部分は人が主役だ。
17年前から農業体験を開催。
田植えや収穫を体験できるイベントも人気。飯尾醸造には日常の仕事でも、都会育ちの人には非日常の体験だ。スタッフにとっては人手が増え、参加者には楽しんでもらえるため双方にメリットがある。プロのカメラマンによる撮影など思い出作りも充実。
無農薬栽培を支える「黒マルチ農法」。
黒い紙を敷いた田んぼに稲を植える「黒マルチ農法」。契約農家は田植え機を使うが、機会が入れない棚田では、蔵人たちが指で穴を開けて手作業で苗を植えていく。
伝統はそのままに新しい商品も開発。
ピクル酢や手巻き寿司専用の酢、豚シャブ専用のタレなども多彩にラインナップ。便利に使え、料理時間も短縮できると好評だ。
丹後エリアの発展をレストランで後押し。
イタリア語で「お酢」を意味する「aceto(アチェート)」。丹後に宿泊客を多く誘致し、地元発展につなげる。ディナーのみの営業も、そうした工夫のひとつ。オープンをきっかけに周辺には宿泊施設が増加し、相乗効果を生んでいる。

自社生産の無農薬米から清酒を醸してつくる日本で唯一の米酢。「富士酢」

取材協力
株式会社 飯尾醸造
京都府宮津市小田宿野373
tel:0772-25-0015 fax:0772-25-1414
mail:fujisu@iio-jozo.co.jp
事業内容:各種酢の醸造および販売、米の栽培。飲食店の営業。
 
aceto
京都府宮津市新浜1968
tel:0772-25-1010
営業時間:18:00~23:00
定休日:月曜日・火曜日

[ 掲載日:2023年11月20日 ]