困難な環境を美味に転換。
日本海側で唯一、養殖ブリへの挑戦。
「伊根の養殖ブリ」

厳しい環境の中で、ブリ養殖の活路を拓く。
夏に旬を迎える魅力的な食材は数え切れないほどあるが、冬のベストシーズンに向けて今まさに旨さを蓄えている逸品にも注目したい。
京都府は伊根湾で養殖されるブリだ。
味を極める11~3月をめざして、夏は栄養分をひたすら滋味と脂に変えていく。ちなみに伊根といえば、氷見、五島列島に並ぶ天然ブリの三大漁場だ。ところが養殖となると話は違う。日本海側の養殖所は、ここ伊根湾のみ。
なぜなのか?答えを求めて、橋本水産代表の橋本弘さんを訪ねた。
「一言で言うとブリの養殖に環境が適していません。水温が低いため12月から春までは魚が活発に動かず、ほぼ餌を食べないから成長が遅いのです」と、教えてくれた。
では、どうするのか?成長が遅いなら2年間かけて大きくすればいい、というのが橋本さん流。ただし、当然、費用も手間も倍かかり、単価も上がるためスーパーなどの量販店には卸しにくくなる。景気の影響や魚離れなど需要の減少もあり、ブリの養殖者は激減。現在は、伊根でも珍しい存在になってしまったそうだ。
ブリを愛してくれる観光客ために。お世話になった地域のために。
それでも挑戦するのはなぜか?
「ブリの旬を目当てに、訪れてくれる観光客が多くいらっしゃるから。もっとファンを獲得して、地域を盛り上げたいのです。胃袋をつかむイメージですね」。
ブリの養殖は、地域おこしの一端でもあったのだ。
観光客の胃袋をつかむブリ。聞いただけでも、空腹を刺激される。
「限りなく天然物に近づける努力をしています」。自信の滲む一言が食欲に止めを刺すようだ。その魅力は、脂が乗っていながら、あっさりした味わいにある。甘みがあるのも特徴だ。出荷した飲食店の料理人が、「こんなに凄い天然ブリは扱ったことがない」と間違えてしまうエピソードも珍しくない。
ちなみに、天然物はどれも良質だと思われがちだが、味には個体差がある。さらに、おいしい時期も短いといわれる。水揚げ量も味も安定している養殖の強みがここでも光る。天然ブリに近づける?いや、とても負けているとは思えない。
伊根湾は狭いため規模としては小さい。だからこそ量ではなく、本当にいいものを育てることに徹底する。
逆境を乗り越え、逆手に取って美味を生み出す。
不向きな環境と聞いていたが、これほどのブリができることを不思議に思う。
「一番大切なのは餌です」。
言葉に力がこもる。
安価な配合飼料は使わない。伊根湾や若狭湾等で揚がったアジやイワシを船上でミンチにし、一口サイズに加工したものを与える。自家製なのだ。魚本来の栄養だけで大きくしたい思いから、添加物もほとんど使わない。
「天然のブリが食べているものと同じ餌をあげたい。生産者としてはね。夏場の餌代は一日30万円くらいかかりますが(笑)」。
あまりの額に言葉を失ってしまう。
そして、育成に2年かかることもデメリットばかりではない。夏にしっかり栄養を摂って太った身体は、餌を食べない冬を越えて一気に引き締まる。餌代には驚いたが、肉質が良くなり風味が増すなら、費用以上の価値があるというものだろう。
伊根ならではの一皿で、さらなる飛躍へ。
地域貢献の一環として、観光拠点「舟屋日和」の立ち上げにも携わった。舟屋郡を眺めながらご当地グルメが楽しめる「イネカフェ」や「鮨割烹海宮」を併設し、連日活況を見せている。以前はコーヒーを飲むところも食事をする店もなかったそうだが、見事に観光地として定着した。
「地域活性には、食材が大事だと思います。冬はブリ、夏は岩ガキを食べに来てくれるお客様も増えた。今後は秋にも人を呼べる、新名物を作りたいですね」。
冬に向けて、今まさに旨みを高め続けている伊根の養殖ブリ。
橋本さんは、「ぜひ伊根まで食べに来てください」と、声を大にして発信を続ける。
来たるべき旬に向けて、我々の期待も食欲も高まるばかりだ。
[取材日:2023年6月12日]

一般的な養殖では、生簀1つにブリを4~5千匹入れるが、橋本さんは1~2千しか入れない。ゆったりとたくさん運動ができるよう詰め込み過ぎず、ストレスが極力かからないように飼育する。

今の課題は、舟屋日和にある飲食店スタッフの不足だとか。インバウンド需要の回復にともない、多忙を極める毎日だ。「田舎が好きな人を募集しています。料理人がいればベストです」と、橋本さん。

イネカフェでは一風変わったブリの楽しみ方ができる。ブリの切り身の上に柚子胡椒を乗せた「伊根ブリ丼」は、醤油ではなく柑橘類を絞って頂く。脂が乗りながらあっさりした風味と、臭みのない肉質だからできる味わい方だ。

春に入れたツバスは、12月に4キロほどのハマチになり、次の夏を経て出荷時期には約10キロまで育つ。卸すのは地元だけではなく、京阪神および東京の飲食店やホテルからも注文が舞い込む。中にはミシェランの星を獲得したレストランも。


コロナ前は地元の海洋高校の生徒を受け入れ、餌やりや網の修復などを指導。未来の漁業を担う学生にも、貴重な機会を設ける。


夏は岩ガキを養殖。4~5年かけて育てた物は500gを越える。ジューシーで優しい食味が、夏も伊根湾に観光客を引き寄せる。二年前に「夏珠」と名付けてブランド化し、さらなる認知度と人気の向上を図る。
困難な環境を美味に転換。日本海側で唯一、養殖ブリへの挑戦。「伊根の養殖ブリ」
- 取材協力
- 株式会社 橋本水産
- 〒626-0424 京都府与謝郡伊根町字亀島1019
- tel:090-2289-1272
- mail:info@ineburi.com
- web:http://www.ineburi.com
- 舟屋日和
- 伊根町観光交流施設 舟屋日和
- 〒626-0423京都府与謝郡伊根町字平田593番地1
- web:https://funayabiyori.com/
- 事業内容:魚類養殖、カキ養殖、定置網。
[ 掲載日:2023年7月20日 ]