食材研究

技を尽くし、鮮度と安全、美味しさを極める生産者を訪ねて
海へ山へ。青果をはじめ食肉、魚介、調味料まで。
多彩に広がる食材の魅力を探ります。

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松波キャベツ

生産者:射手矢 康之さん
大阪府泉佐野市

キャベツは、ほぼ1年を通して出回り、旬がないように見える。けれど、春にできるもの、冬にできるものと、収穫時期によって大きく2つの系統に分けられる。近年は秋に穫れる高原キャベツなど新しい品種も加わり、季節それぞれに旬の品種があるのだった。

実際に日本で生産されているキャベツの60%は冬に収穫できる系統だ。“寒玉”と呼ばれるキャベツで、11月中頃から収穫が始まり、3月頃まで出荷される。

寒玉の特徴は、葉が密に詰まっているのと甘いこと。冬に成育するキャベツは、寒さから身を守るために糖度を高めるから甘くなるという。低温に耐え、ぎゅっと縮まり健気に生きている姿が思い浮かぶ。寒波も襲来し、ますます寒くなっていく、これからの季節は寒玉のまさに旬なのである。

関西では、大阪の泉州地域が寒玉キャベツ(春は泉州タマネギ)の生産地として知られる。なかでも、注目を集めるのは「松波」という品種。なにしろ、大阪をはじめ各地の名だたるお好み焼きの店で使われているのだから。そうした情報とともに泉州産松波キャベツの名が広まったようだ。

大阪府泉佐野市へ生産者の射手矢康之さんを訪ねると、穫れたばかりの松波キャベツを包丁でざくっと割り、「まずは、食べてみて」と手渡された。断面は瑞々しい。かじると、シャッキとした食感だけど柔らかい。加えて、なじみのあるキャベツ特有の匂いは少なく、かむほどに甘さが広がっていった。

「松波は、生でもいいけど、加熱調理すれば、その特性がよく生かされるんです。芯まで柔らかい。コンフィすると、芯の繊維も残らず溶けてしまう。それに、加熱することで甘さが増すのです」と、射手矢さん。

だから、お好み焼きにあうのだと納得。鉄板の上で生地が焼けるにつれ、キャベツの水分が抜けてふんわりとなっていく、関西風お好み焼き特有のあの感触を想像してしまう。その他、「鶏ガラスープに、ざく切りの松波を入れた鍋というのも、うまいよ」とのこと。

だが、この松波キャベツ、育てるのは難しいらしい。大きさをそろえたり、病気になるのを防いだりするのに、他の品種より手間がかかるという。射手矢さんも「親から引き継ぎ、育て方を試行しながら時間をかけてますからね。ようやく、安定的に出荷できる畑になったんです」と話す。

泉州地域で寒玉キャベツの栽培に力が入れられたのは、昭和30年代のこと。特産品の泉州タマネギが春に収穫を終える端境期の冬、次なる特産品として寒玉キャベツの導入が図られたのだ。松波にしても、本格的な栽培は昭和50年代からという。

農家としては10代目の射手矢さんにも、定着した玉ネギ作りとは異なり、松波キャベツ作りに成果が出るまでは試練も多かったようだ。それだけに愛着もひとしお。「松波は、苗の間隔を広めに開けて育てているんです。ストレスを感じさせないように、また、日射時間が短くなる秋冬でも十分に陽があたるように、と」。

畑を見せてもらうと、ひとつひとつ大きく葉を広げ、のびのびと育っているのがよくわかる。葉の姿や色からして、すでにうまそうだ。この数年は、減農薬を進め、有機肥料を多くしたり、品質をさらに向上させるよう務めているとか。その株の中心で結球になったのが、キャベツとして収穫されるのを待っているのだった。

手塩にかけて育てたキャベツひとつ。自ずと「価値をわかってもらえる人に届くようにしたい」という流れになる。したがって、射手矢さんの作る松波キャベツは、販路が限られてくる。今のところ、新しい取引はネットが最善のようだ。

今回の取材で判明したこと。それは、おいしいと評判のお好み焼き、仮に松波キャベツを使っているとすれば、収穫できる冬の時期が最もおいしいはず。お好み焼きにも旬がある、ということになりそうだ。

現在は約5ヘクタールで松波キャベツを育てる。その畑の一部。苗の間隔が広いから、無理なく成長しているのがうかがえる。
この数年は全国的にキャベツが不作という。けれど、射手矢さんのところは安定して収穫できているという。その収穫の様子。
葉の色が濃いのが寒玉の特徴。その結球を切り取ると、艶やかな淡い色のキャベツになる。葉が詰まっているから1個はずっしり重い。
松波キャベツを縦に切った断面。水分を十分に含んだ瑞々しい葉。芯の部分も見慣れたキャベツよりも柔らかそうなのが一目瞭然。

松波キャベツ

取材協力
東果大阪株式会社 / http://www.toka-osaka.co.jp/
射手矢農園(長左ェ門)
http://www.tamanegi.tv/

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