“我慢の料理”を極める

櫻井 正章さん
「サクラ伊食堂」店主

『サクラ伊食堂』は京都・元田中に2019年オープン。看板メニューが評判を呼び、街中から外れたロケーションながら、地元の人々を中心に、愛される一軒として知られています。店主の櫻井正章さんに、自身の店の位置づけや看板メニューについて、お話をうかがいました。

イタリア人が普段食べている料理を

2019年に独立した櫻井正章さん。店のコンセプトを「今のイタリア人がふだん食べている料理を」と定めた。“イタリア食堂”と名付けたのもその所以だろう。「2018年頃、流行しているイタリア料理のパターンは2つありました。1つはイタリアで15年ぐらい働いていた人が帰国後開店した、郷土料理の結晶みたいなお店、もう1つはイノベーティブの走りのようなお店。前の店は、僕は15年もイタリアで働いていないのでできない。後の店は、料理が好みではなかったんです」。
そういった背景があり、「時代とは逆張りだった」と言いつつも、「イタリア料理をシンプルに。今、イタリアで生活している人が食べるような料理をと決めて、やり続けています。何より自分の好みと合っていますし、店が潰れない程度のニーズもあります!」と笑う。10年後、20年後をイメージした時に、自分が考える店は残りやすいと考えた。大流行りはしないけども、お客様が帰ってくるような、ブレない店であり続けられる、と。
とはいえ、普通の料理を極めるのは難しいとも話す。「以前、先輩にも『丁寧に作ったら、そのままでいいよ』って言われました。今やれることを丁寧に、を心がけていますよ」。

看板メニューは我慢の料理

『サクラ伊食堂』には看板メニューがいくつかある。そのひとつがカチョエペペ。ローマの名物パスタで、チーズと黒コショウのみのシンプルなひと品だ。あえて看板メニューを作ろうとしたのか?と問えば、「意図したことではなかったんです。雑誌にイタリア・ヴィチドーミニのスパゲットーニが美味しいと書いてあって、興味本位で注文したら10㎏単位でしかとれなくて。で、消費するためにメニューを考えたんです」とのこと。ちなみにこのパスタ、茹で時間17分と書かれているが、実際は25分茹でる必要があるそう。チーズを混ぜて余熱でソースにするスタイルは昔からだが、「後輩に作り方を聞かれてもちゃんと説明できるように、時間や分量を測ったり、YouTubeを見たりネットで調べたり。かなり研究しました」と。その洗練された味わいが評判となり、メディアでも取り上げられるようになった。とはいえ、カチョエペペはチーズとコショウの料理。「過度に期待されて、『東京からわざわざ来ました』って言われても、ちょっと困ってしまうときもあります」とも。
もう一つの看板メニューは、シンプルな鶏胸肉のバター焼き。フィレンツエ「トラットリア ソスタンツァ」の名物料理だ。小麦粉を打った鶏肉に卵液をくぐらせ、バターを溶かした鍋の中に入れて焼く。低温を保ち、泡立ったバターでじっくり火入れ。驚くほどしっとりと仕上がっている。「シンプルなメニューを追求していって、結果、それが看板になったということ。正直、メニューには何か足したくなるんですけど、足さない。そのままで美味しくならないなら、自分はイタリア料理をちゃんとできていないと思って、繰り返して作っています。“我慢の料理”ですね。必ず自分で食べるようにして再現性を確認しています」。
ハモやマツタケを足したら美味しくなる。でも足さない。我慢する。「そこには土台というかマインドがあるからです。もともと歴史的にお金持ちではない人たちが、一般家庭で手に入る材料で、諦めずに美味しくしようとしてきたり、少しでも人生を楽しもうとしてきた。時間をかけて取捨選択されて残った料理がベーシックなイタリア料理。そのマインドこそがイタリア人で、そこをすごいなと思っているんです」と櫻井さんは話す。

今後について

今後について問えば、「今のままかな」と櫻井さんは笑う。「例えば15年後は、僕も60歳前なので小さい店に移転するかもしれませんが、街中へ行くことないとは思います」。最近でもシンプルな料理の中に発見があるという。「今年びっくりしたのが揚げナスのトマトソース。どこでも食べられるじゃないですか。でも、リコッタチーズがすごく美味しくて。もともとイタリア料理は何かの食材の味をうまく引き出す料理かと思っていたら、これは全部控えめで調和の料理だったんですよ。これが今年一番うまくできるようになったことです。そういった発見が今後も続いていくのかな」。
我慢も続く。「メディアに出たから、イタリア料理以外の料理人さんが来て、気に入ってくれたりしますけど、若い料理人からしたら僕の料理は魅力的じゃないだろうなと思いますね。やっぱり足したいんです。僕も同じ。削ぎ落とす、じゃなくて、まだ我慢です。ずっと食べ続けられる料理は少し隙間があるような気もして、その隙間を埋めないようにする作業かもしれませんね」。
そして、「身体が動く限り料理は続けて、ベーシックなパスタを作るレジェンドになっていたらいいですよね。ちょっとカッコいいことを言ってしまいました! 京都の街中にあるおじいちゃんがやっている伝説の喫茶店の、もうちょっとイタリア料理版みたいな店になれたらいいな」と締めくくった。

櫻井 正章(さくらい まさあき)プロフィール

1981年京都市生まれ。雑誌の編集者を志望しつつ大学へ進学するも中退。料理が好きだったこともあり、イタリア料理店やカフェで務める。北イタリアを中心に食べ歩くために渡伊し3か月滞在。その後、京都「ポレンタ」で経験を重ねる。ソムリエ資格も習得。2019年に独立し、京都・元田中に「サクラ伊食堂」をオープン。

[掲載日:2025年1月31日]