Dステーキ

山根 大助氏
「ポンテベッキオ」オーナーシェフ

ステーキの店をやることになった。 考えることが山ほどあったが、まず誰でも来れる店にしたいと思った。 価格を抑えるためには、A5等のブランド牛のロースやヘレは使えない。 そこで、赤身を美味しく出そうと考えた。 本当は、放牧牛やできるだけ自然に育った牛を使いたいと思った。 が、如何せん、流通量が多くないので、追々生産者などに働きかけて、理想的な牛を作ってもらうとして、当面は黒毛を中心とした和牛のモモや肩などを使おうと考えた。 乳牛や交雑種は味と香りの面で今のところ納得できるものがない。 (全日本食学会でジャージー牛の放牧牛を今育てていて、それには期待しているが)

次にその赤身の肉をどのようにしてやわらかく食べてもらうかを考えた。 その結果、Dカッターと言う特殊なカッターの開発にたどり着いた。 5ミリ幅ほどのよく切れる刃を、縦横5ミリ間隔にたくさん配した特殊カッターが上下に動いて肉の繊維に直角に切り離さずに細かく切れ目を入れていくことができる。 それにより、赤身が驚くほどやわらかくなった。 (もちろん、ヘレやロースに比べると、繊維と繊維の間にもゼラチン質の強い繋がりがあるのでそれもある程度断ち切らなければならないが)

去年の全日本食学会の食サミットで僕は乾燥と言うテーマの研究発表を受け持った。 その時に主に魚を使って天日干し(乾燥?)の美味しさの秘密に迫ろうと思い、いろいろ実験した。 食の研究家である的場先生の助けも借りて、比較実験を繰り返した結果、UVA光線を数日間照射することによって、明らかに肉質、味、香りに変化が起こることがわかった。 理由としては、恐らく、紫外線に対してのディフェンスのため酵素が働いて、細胞組織に変化をもたらすのであろうと推察される。 詳しいメカニズムや学術的検証はまだ出来てはいないが、ある程度の時間、紫外線を照射すると、美味しくなることは立証された。

これをDステーキに応用しようと考え、紫外線ランプを内蔵した冷蔵庫を作った。 焼きについては、炭火を使ったジラロースト(回転焼き)にしようと考えた。 ただし、ドリップを防ぎながらやわらかく美味しく焼くためには、焼いては休ませ、また焼いて、を5回くらい繰り返さなければならない。 肉を入れるカゴ状の入れ物を工夫して、回転させるための駆動軸に取り付け取り外ししやすいようにした。 この炭火焼きロースターは、20年近く前に製作したものが基本で、炭床の形状を工夫することと、上から熱を反射させることで煙も火も出ない優れものだ。

更に、よくある鉄板焼きや、安いステーキハウスでは、常に鉄の入れ物を熱くしてジュウジュウさせて持ってくるので、肉は焼けすぎて繊維がかたく縮んでしまう。 肉汁も全部出てしまう。料理人としては、それが耐えられない。 そこで、肉自体はうまく炭火で焼いてじんわり火を通したのち、適温に熱々にぬくめて、塊のままお客様に提供するのだが、そこに熱々のソースをグツグツさせたものと一緒に供することを思いついた。そのソースを肉にまとわせて頬張れば、熱々になる。 このアイデアを思い付いた時は、かなりうれしかった! うれしいついでに、そのグツグツや熱さが長時間保てる特殊なセラミックの容器を作った。 お客様には熱々グツグツのソースを2種類選んでもらって、好きに熱々を楽しんでもらえるはずだ。

これで、自分の考える比較的低価格でやわらかい赤身の塊肉を、考え得る最高の状態でほおばってもらえるDステーキの構想が出来上がった。

料理人を18歳から始めて、今年57歳になるのでもう40年近くになるのかと我ながら驚くが、肉を焼いて美味しく提供する、しかも安く。と言うテーマに色々と工夫を凝らすことができるのは、やはりある程度の期間、プロとして食材と向き合ってこれたからだと思う。 性分として、他人がまだやっていないことを開発したり、挑戦したりするのが、好きだ。

僕ら料理人は、一部の人向けの高価な料理にもその才能と技術、経験をぶつけなければならないが、この業界で食べている限り、その能力をできるだけたくさんの消費者たちに向けて、ささやかながら幸せになってもらう努力も惜しんではならないと考える。

大半の消費者は一般の人だから、その誰もが来れる価格帯の中で、安全と美味しさ、楽しさを提供することを、とても大事に思うようになった。 もちろん、一部の人向けの路線も譲る気はないが、両方をやりつつ、その両方で発揮したいと思うこの頃である。

[掲載日:2018年7月1日]