サイドテーブル

食の世界の著名人たちがプロならではの視点で綴る
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温度を考える

門上 武司氏
「株式会社ジオード」代表取締役「あまから手帖」編集顧問

「カウンターの中で西田さんが、氷の大きさ、それをシェイカーに入れで振る角度や速さによって、酒の味が変わることを教えてくださったのです。その違いによって『生きている酒』と『死んだ酒』があることを知りました。確かに味わいが全く違うのです」と話したのは静岡・焼津にある「サスエ前田魚店」の前田尚毅さんである。西田さんとは京都を代表するバーテンダーで「K6」というバーのオーナーである。

前田さんは、自分が扱う魚を、どの温度帯で料理人に届けることが重要かが、ここ数年のテーマであったという。そのために輸送用の箱にいかに魚を詰めるのか、また輸送までの温度帯をどう調整するかなどを考えていたのだ。その会話を横で聞いていた静岡の天ぷら「成生」の志村剛生さんは「西田さんは、この違いによって『酒が焼ける』と言われたんです。焼けるという言葉は分かりますね」と感動したのであった。後日、志村さんは「前田さん、酒は一滴も飲めないのですが、焼津のバーに毎日のように通って、そこのバーテンダーに西田さんと同じことをやってもらって勉強していました」と話してくれた。温度について、突き詰めて考えてゆく、この姿勢に驚きを覚え、またそのまで追求する魚屋が存在することに感銘すら覚えた。

そして数年前に前田さんが、魚屋史上最高のサワラを扱った時のエピソードを思い出していた。そのサワラ、半身は「成生」に届き、もう半身は京都の「洋食おがた」に届いた。前田さんは、その夜「成生」でサワラの天ぷらを食べ、その身質の厚さから生まれる味わいに驚いた。翌日「洋食おがた」で同じサワラのフライを食べ「いやあ、成生のもすごかったのですが、おがたさんのにびっくりしました」と話し「油の中に入れる前のサワラの温度の違いだったんです。成生は冷たいまま衣をつけ揚げたんです。おがたさんは皮目を下にして室温に戻したのです。この温度の差が出来上がりに大きく影響したんです」と述懐してくれたのであった。それぞれの料理人は仕上がりのイメージを想定し、温度調節や揚げ時間を工夫する。前田さんは、この温度の違いによる仕上がりの違いを体験して以来、以前にも増して魚に対する温度に対して敏感になり、より深く考えるようになったのである。

「アルコールと魚、モノは違っても狙いは同じだということをはっきり感じました。すごく刺激になりました」と話す前田さんの言葉に、プロフェッショナルの矜持を感じていたのである。

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