人生の節目に、きっかけをくれた恩人

濱部 隆章さん
erreエッレ」オーナーシェフ

「erre」のエントランスには、薪が所狭しと積み上げられている。「こっちがナラとクヌギ、その奥はサクラの木です」と、オーナーシェフの濱部隆章さん。森のなかに入り込んだような、気持ちい木の香りが非日常の世界へと誘う。
2017年12月開店。「薪焼き」を調理法の軸に据えるレストランの主は、「僕の料理人人生のターニングポイントには常に、背中を押してくださる恩人がいました」と微笑む。

濱部さんは徳島出身の37歳。梅田「サバティーニ阪急三番街店」で6年経験を積み、東京の高級リストランテの門を叩いた。「アロマフレスカ」グループの人気店、品川「アロマクラシコ」だ。「当時、パスタ部門のシェフを務めていた根岸輝仁さん(現「プリンチピオ」オーナーシェフ)の下で働くことに。根岸さんのパスタに対する食感や美味しさへの追求は、衝撃でした。しかも心に響く味わい深さがありました」。生シラスの時期には冷製カッペリーニで季節感を楽しませたり、キッタラやガルガネッリなど生麺のほどんどは打ちたてを徹底。しかも席数は約80席あり、コースメニューはプリフィックスのみ。手動のパスタマシンを動かしながら、鍋につきっきりでリゾットも作らないといけない。「タイマーを5つ渡されるんです。そのひとつに4つの機能がついている。要するにひとりで20もの鍋を操る」目が回りそうな忙しさが日々続いた。しかし「いかにスムーズに的確に、頭を使ってレストランを回していくかというスキルも会得できました」。
半年後、濱部さんは弱冠25歳でパスタ部門のシェフを務めるまでに。しかも「アロマクラシコ」のセコンドは炭火焼がメインだったから、原始的な熱源を使うという点では、濱部さんの今の店づくりに繋がる指針にもなった。

「アロマクラシコ」で1年半修業をし、「アルマーニ リストランテ銀座」などのリストランテで自身のキャリアを積み、2013年春、大阪へ。「グランフロント」の開業と同時に、施設内に誕生したイタリアン「ドンナゴロージ」の料理長に就任。「それまではリストランテで経験を積んできましたが、ここは全120席のカジュアルイタリアン」。なにしろ料理長経験は初めてだったし、原価計算はもちろん、メニューの撮影費を浮かすために自身でストロボを立てて料理撮影をしたり。モチベーションが低いスタッフにどう手を差し伸べるかなど、課題は山積み。「それまでは料理のことしか見てこなかったので、完全に手探り状態でしたよ(笑)」。経営のノウハウはじめ店づくりについてみっちり学び、4年の歳月が流れたある日。独立の道へと舵を取ることに。

自店「erre」を作るきっかけになったキーパーソンが、奥様・玲美さんと、兵庫・丹波市の農家、そして林業家の存在だった。
玲美さんは食の企画制作会社を営んでいる。今も「グランフロント」にて、農家さんと会話を楽しみながら食材を購入できる「Umekiki木曜マルシェ」を企画。その経緯もあり、濱部夫妻は、丹波で季節野菜を無農薬有機栽培する「KOM'S FARM」小村さん夫婦のファームを訪れた。そこで出会った林業家が、伊藤忠嘉さん。「伊藤さんは、地元・丹波における長期の森づくり活動に携わるキーパーソン」。森の環境保全のひとつとして間伐を行っているという。
「間伐材(薪)、店で使われへんか?」と、伊藤さんから持ちかけられた濱部さん。「その場で、伊藤さんの薪を使い「KOM'S FARM」さんが栽培した丹波の黒枝豆を焼かせてもらったら、めっちゃくちゃ美味しくって。今まで使っていた薪と、何もかもが全く違った」。自分のイメージを超える薪に出会い、独立したら、伊藤さんの薪を熱源のメインにしようと心に決めた瞬間だった。

「erre」のコンセプトは「根源を敬う」。食材や食器をはじめ、すべてのルーツである火・水・土・空気をテーマに、薪焼きや自家発酵食材など、原始的な調理法で素材をいかすことを心がける。熱源となる薪は、伊藤さんが代表を務める「平松区森林愛好会(丹波市春日町)」のメンバーが、月に1度、軽トラックに500kg積んで持ってきてくれる。「オープン当初は1/4にカットした薪を、皮付きで仕入れさせて頂いてました」。今では、“1/6と1/8にカットしたものも混ぜてほしい”、“薪の幅は40cmから30cmへ。いや、もう2cm短く”など、事細かなオーダーにも、伊藤さんは応えてくれる。「伊藤さんはじめ林業家の皆さんの、森に対する愛情を日々実感しています。間伐することで森を守る、持続可能な林業活動に、僕なりに少しでも貢献できたら」。

夜のコース料理で供する肉料理。例えば、土佐あか牛の薪焼きは、熾火で焼き上げ、仕上げは直火で香りを纏わせる。「伊藤さんから届く薪は、まず香りが違います。そして乾燥させているのに密度が高くどっしり重たい。しかも、熱量が凄いんです」と目を輝かせる濱部さん。「今までお世話になった方々、生産者や林業家さんはじめ、食のプロの皆さんの力があるからこそ、今の僕が、そしてこの店があります」。

現在、「erre」は濱部さんを筆頭に、スーシェフの長屋 恭平さん、さらにはスタッフの名渕 瑞生さん、そして奥様の玲美さんがタッグを組む。「スタッフが働きやすい職場環境を第一優先に。今後も、チームとしてのレストランを、ここ神戸から発信し続けたいです」。
未来を見据えた濱部シェフの今後から目が離せない

[2019年9月30日取材]

濱部隆章シェフ。曰く「薪焼きにより浮かび上がる、素材感を大切に。たとえば柑橘の酸味や発酵の風味など、味を重ね合わせることで広がる、美味しさを意識したいですね」。
開放感あふれる店内。どの席からも、レンガに囲まれた暖炉を見渡すことができる。パチパチと薪が爆ぜる音、そして炎の色、薪の香りに癒される。
林業家・伊藤忠嘉さんから届く、自然乾燥させた間伐材。「愛好会の皆さんが手塩にかけて育てた木と森ですから。この薪を使い、料理人の僕ができることを今後もやっていきたい」と目を輝かせる濱部さん。
「erre」
住所 神戸市中央区中山手通1-22-13 ヒルサイドテラス2F
TEL. 078-862-6674
営業時間 12:00〜13:00LO、18:00〜20:30LO
定休日 火曜、不定休
コース 昼コース5000円〜、夜コース10000円〜(共に税・サ8%別)

[ 掲載日:2019年10月24日 ]