「麺に学ぶ」

開催日:2020.2.9

Program 2:料理プレゼンテーション(試食の提供)&考察[中国料理]

吉岡 勝美氏
「辻調理師専門学校」中国料理技術顧問、コアメンバー
料理
「子羊とオリーブの焼餅」

料理プレゼンテーション

米が育たない中国大陸の北から麦を使った食品が発展してきた歴史とともに、中国における多様な小麦粉料理を概観。そのなかで、吉岡さんはこれまでなかった方法に挑戦、デンプンの糊化と酵母を生かした熱いスープが包める薄い生地を作りだし、新しい餅(ピン)料理として提案。その調理過程を映像にしてプレゼンテーションされました。

「麺」という言葉は日本ではヌードルという感覚ですが、中国では基本的に小麦粉を指し、広く小麦を使った料理にも用いられています。日本人の主食は米ですが、日本の約26 倍の国土をもつ中国、その北方では稲作はできないので古くは豆、粟、キビなどの雑穀を食べていた。一説では2000年くらい前に西アジア、中央アジアから小麦と同時に製粉技術が入ってきた。小麦粉が普及する初期の頃は牛など家畜や人力で小麦を挽き、高価なために大衆化は進まなかった。やがて600年くらい経った唐の時代、中央集権国家として基盤が固まり文化も栄えた。遣唐使の時代です。しかし麺はまだ常食化しなかった。10~13世紀、宋の時代になると、露地や通りには餃子屋、ラーメン屋、饅頭屋が並び、現在でも馴染みの品々が食べられるようになる。中国の小麦は2000年以上の歴史があり、北方では小麦粉を主食とし、たくさんの製品が考え出されてきました。そういうものを振り返りながらプレゼンしてみたいと思います。

小麦粉を合わせたものを「餅(ピン)」と呼び、すべての小麦粉製品を表します。基本の加熱方法は大きく「蒸す」「油で揚げる、煎り焼く」「炉で焼く」「茹でる」の四つに分かれます。この調理法のなかでたくさんの品が作られていきました。さらに大衆化、常食化により一番身近な加熱方法である「茹でる」製品がたくさん出てくるようになりました。「茹でる」は、生地で餡を包んで加熱するワンタン・水餃子の類と、生地だけのヌードルに分かれて発達していきます。北京ダックのクレープ、饅頭、小籠包、シュウマイなどが蒸すもの。油で揚げるか煎り焼いたものは焼き餃子、煎り焼き饅頭、油条(ヨウティヤオ)という揚げパンなど。オーブン、炉で焼いたものは山西省あたりの焼きパンや胡麻をつけた肉のパイ、エッグタルト、月餅などですね。茹でるものはヌードル。いろんな形のヌードルが考え出された。麺を帯状にしてどう切るかで変化したことと、麺を揚げたものもあります。あえそば、汁そば、焼きそばなど、庶民的なものが多い。北方では家でも町中でも小麦粉製品が食べられました。小麦粉の製品が主食ということは、おいしく食べる、楽しく食べるための工夫を料理人だけでなく、家庭の主婦とか誰もが考えた。

数億の人が長い年月、日々の生活のなかで生み出した小麦粉製品は膨大な数ですが、そこに共通するキーワードは「デンプンの糊化」と「タンパク質の変性」です。小麦粉をどう食べるか。小麦粉の中に含まれている成分をどう変化させるかがポイントになります。小麦粉はデンプンとタンパク質、そして外皮とリンとかカルシウムを含む胚芽の灰分、この三つで構成されている。オーソドックスな水で練る生地を確認しながら中国人の知恵を勉強してみたいと思います。まずは、小麦粉を水で練る生地です。小麦粉を水で練るとデンプンは溶けない。タンパク質のグルテニンとグリアジンは水に接するとグルテンを形成します。生地は加熱されることでデンプンが糊化し、グルテンは熱変性します。加熱で必要なことは糊化を行なうことで、それには充分な水分がいるためボイルという調理法が適している。中国人は水で練る生地からワンタンとか水餃子の類を製品として生み出した。では、熱湯で練ると生地はどうなるか。小麦粉を熱湯で練るとデンプンは練った段階である程度糊化します。タンパク質はどうか。熱変性します。温度によってはグルテンも形成されます。加熱する時、何がキーワードになるのか。デンプンは、ある程度糊化しているわけですから糊化を補完することが目的になる。それとタンパク質は熱変性の補完です。すでに糊化しているので、たくさんの水分はいらない。熱湯で練った生地の加熱としては「油で揚げる、煎り焼く」「蒸す」調理法が適していると中国人は考えたわけです。蒸し餃子、焼き餃子と揚げたものがたくさん生み出された。さらに、水で練った生地、熱湯で練った生地、それぞれ別の性質をもったものを作り続けるかというと、そうではなく、長い歴史のなかでは熱湯で練った生地と水で練った生地を二つ合わせて何かを作ろうとした。それが小籠包など。煎り焼いても焼いても揚げてもやわらかいし、サクサクする生地が考えられた。熱湯で練った生地と水で練った生地の割合を変えることで個性豊かな製品をさらに作り出した。しかし、これだけでは作れないものがある。それは膨張する生地です。硬いものを発酵させてうま味を出し、やわらかく食べられるようにしたいと、中国人は老麺(ラオメン)という天然酵母を使った。現在はイーストですが、昔は天然酵母だけであった。

水で練った生地を膨張させて何を作ったか。天然酵母で中華饅頭を。イーストでパンを。膨張材のアンモニアとか重曹を使って揚げパンとかドーナツを。水蒸気、空気の膨張を使ってパイを。と、こういう流れで新しいものをどんどん生み出していく。生活に身近な食品ですから数億人がかかっておいしいものを作ろうと考えたわけで、とんでもないものが生まれてくる。水だけで練った生地が発展して膨張する生地ができた。それなら熱湯で練った生地でも膨張する生地はできないかと考えた。膨張材と水蒸気、空気を使って膨張する生地ができた。しかし、酵母を使ったものがなかった。長い歴史がある小麦粉ですから、おそらくは中国の人々も酵母を使って熱湯で練った生地を作ったと思います。中国料理の中で新しい調理法を考えることは無理だといわれています。先人達がすべて考え尽くしている。熱湯で練った生地に酵母を使ったものもあったと思われるが、酵母の発酵、膨張をうまくコントロールできなかったのか、他の生地で代用可能と考えたのか、残念ながら商品化できていません。そこで、今日は先人の知識に近代調理科学を足しながら、「熱湯を使った生地を使って発酵させた製品」を作ってみようと考えました。スープを溜めた小籠包のパン・バージョンというような焼餅を作ります。

今日は調理実演ではなく、動画を見ていただきます。途中で試食が配膳されますが、皆さんが火傷されるのではないかというくらい熱い状態を予想しています。届きましたら焼餅をひっくり返して底を破っていただき、安全を確認してから食べてください。

小羊とオリーブの餡です。加熱した餡が0.25、生の餡が1の割合で二つを合わせて作ります。小羊の挽き肉をしっかり炒めて調味料を加え、メイラード反応させながら味を含ませていきます。そのなかにゆっくりと炒めた甘いタマネギ、水煮のトマトを入れてさらに味が濃厚になるように煮詰めて仕上げます。味が馴染むように、できあがった餡を10分蒸します。次に作るのは生の餡。肉の角が潰れるほど混ぜ、調味料を入れていきます。ハンバーグと同じです。羊の肉を使うので中国の山椒水を少し加えています。水分を充分含んだやわらかい餡ができあがります。先程の炒めた羊の餡と生の餡を混ぜます。そのなかにオリーブ、青ネギ、黒胡椒のみじん切りとクミンを混ぜます。完成した餡は、生餡と加熱した餡のうま味が混在しています。焼餅は西アジア、中央アジアから中国に伝わったといわれ、そのイメージからクミン、黒胡椒、オリーブを使いました。

続いて生地を作ります。強力粉を水で練り、イーストを入れます。熱湯で練る生地には全粒粉を使います。割合は水の強力粉生地1対熱湯の全粒粉生地0.6。半分以上、熱湯で練った生地が入ります。粗挽きの全粒粉は熱湯を加えて糊化させています。小麦粉は水で練るよりも熱湯で練るとたくさんの液体が入る。熱湯を入れるとデンプンが糊化するために水分を必要とするからです。水の1.7倍~2倍くらい、粉と同量に近い熱湯が入る。この生地を冷ましてから後で加える。つぎに、強力粉、イースト、キビ糖、塩に水を入れてミキシングします。グルテンが充分に出たところに糊化した全粒粉を少しずつ加えていきます。グループ校の中に製パンの学校があり、そこのミキサーを借りて生地を作りました。水の生地の中に熱湯で練った生地を入れていると、製パン校の同僚がパンにも同じ製法の「湯ごね」があるという。イーストで発酵させた生地の中に一部の生地を熱湯で練ったものを混ぜる。そうすると、ネチッとモチっとしたやわらかい食パンが焼き上がるそうです。ヨーロッパの人々も中国人も小麦粉に惹かれた民族ですから同じことを考えるようです。今回のパンはなかにスープを溜めることが目的ですから、今日は1対0.6の割合の熱湯で練った生地が入ります。

これができたグルテン。なかに大きな粒がたくさん混じって見えるのは灰分です。練った生地を分割して、しばらく休ませます。やわらかい生地なので冷蔵庫で冷やして扱いやすくしてから伸ばして餡を包みます。表面はかなりザラザラしています。包めたものを、そのまま一気に焼きます。180℃で7分くらい。想像した焼く前の生地の内面です。これが今日のポイントになっている部分だと考えています。生地のなかにはグルテンができあがり、イーストはデンプンを分解して糖に変え、さらに細かく分解して生育するためのエネルギーとし炭酸ガスを生産するわけですが、炭酸ガスの周りにグルテンが付着してガスを風船のように溜める。気泡の間に何があるか。水で溶けなかったデンプン粒や水で溶けたタンパク質、灰分もあります。ネギ油はグルテンの膜にそって薄く伸びています。こういう状態の生地が、焼く前にできている。糊化したデンプンや熱変性したタンパク質がこの生地のなかに含まれているのが、今までのものと大きく違うところです。糊化したデンプン、熱変性したタンパク質が入るとどうなるか。膨張する生地は加熱中の膨張をどれだけ上手にコントロールできるかが鍵になる。ここが先人たちの技術で難しい部分だったと思います。糊化したデンプンがペースト状になってグルテンの間を埋めています。水分が溜まったパンにしたいので、気泡のなかに水分が入らないようにしたい。デンプンの含有率を高めれば、これが壁になって気泡のところにスープがいかないのではないかと思いました。それで、焼く前に生地を練ったなかに糊化した生地を0.6入れました。さらにもう一つ、熱湯で練って糊化したデンプンを加えたことで焼いた初期の段階から素早くデンプンが糊化することが可能になりました。焼き始めたら、気泡の周りにすぐにデンプンの糊化した壁ができ、水分がなかに入らなくなる。入らなければパンのなかにジュースを溜めることができる。そういう発想です。

今日はパンで「温故知新」をしてみました。今はαデンプンなどいろんなものが出回り、コンビニでもヌードルが売られています。加工デンプンが活躍する、そんな時代です。そういうものを使えば簡単に今日の製品もできるかもしれませんが、先人の知恵を拝借しながら小麦粉の糊化を利用して1品作ってみました。なかにジュースが溜まっていることを願っていますし、みなさんが火傷してくださることも少し期待しております。そんなことはないですが、焼き上がりました。あとは中国茶を添えて。今日の料理「小羊とオリーブの焼餅(シャオピン)」ができました。

考察

川崎 いやあ、感動です。大変おいしくいただきました。外側の生地の厚みが絶妙で、汁を保つために厚くしているのではなく、解説された原理でジュースを保っていることがわかりました。びっくりしました。中国料理の中で新しい技術をロジカルに導いていかれた。「温故知新」の原則で順番に考えていって、そこに穴がある、隙間がありそうだと。そうして今回の技術が見出されたのだろうと思いました。感動しております。ただひとつ、油に関しての言及で、油を入れるとどういう触感になりますか。

吉岡 ラーメンを打つ時も油を塗ります。生地の伸展性を増すといわれていてオーストリアの菓子「アプフェルシュトゥルーデル」でも、生地に油を混ぜることで薄い布のように伸び、炒めたリンゴやスポンジを巻いて焼いています。今日の生地のポイントは、なかに入っている水分が高温で水蒸気になることです。1700倍の体積になる。熱せられて水蒸気の量が増えていくことに対して生地の膨張するスピードが合わないと爆発します。スピードをどう合わせるか、生地をどれくらいやわらかくするか。どれくらい発酵させたらいいか。発酵させすぎても水分を吸い込んだりするし、生地が発酵していないと割れる。それで、油を伸展性を増す補助を主目的として使いました。

川崎 中国料理を考えると麺類全景が描けたなと思いましたが、中国料理にはあるがフランス料理やイタリア料理にはないもの、中国料理にはできなくてフランス料理やイタリア料理にある技術で、麺類に関して何かありそうですか。

吉岡 特に中国とイタリア料理の発想は近いと思います。パスタ、ラビオリ、ニョッキなど酷似したものが多い。中国版のニョッキにイタリアの技術を取り入れて披露しようかとも思いました。ピッツアは上に水分の少ないものをのせますが、しっとりしたものではどうなるのかなど、中国では窯の構造上の違いから生地の上に何かをのせて焼くピッツアのような品は発展しなかった。それゆえに参考になりました。

川崎 中国料理でこれまでされていないことを想像してみたのですが、なかなかなかったなと。ピッツアはありますね。インド料理でも小麦粉を多く使う。タンドゥールの釜で焼く。中国料理にもそのやり方がある。それにしても、中国料理の幅の広さと深さを感じさせられました。麺をテーマにした時、最後のトリが吉岡先生だというのがよくわかる内容でした。解説は不要だと思いますが、油の部分だけ質問させてもらいました。特に感銘を受けたのは、順番に考えていってここに隙間がありそうだと見つけ出せることです。前回の「火入れ」でも考えてみたんですが、科学技術を使うのではなく、ロジカルに考えることが重要だと思います。感銘を受けた内容でした。

「子羊とオリーブの焼餅」