「肉と火入れの新時代」

開催日:2019.7.7

Program 3:パネルディスカッション 1/2

参加コアメンバー:山根 大助氏(「ポンテベッキオ」オーナーシェフ)、吉岡 勝美氏(「辻調理師専門学校」中国料理技術顧問)
進行:門上 武司

門上 今回は各グループごとでディスカッションをおこないました。その報告を順にしてもらいながら討議を進めたいと思います。まず、山口さんのグループからお願いします。

山口 僕のグループには学生さんもおられまして、科学的に考えることへの感想などを聞かせてもらいました。あと、肉を扱うときのリスク管理については関心が高かったですね。肉の良し悪しをどう見極めるか。食材の選定とか。温度の問題とか。とくに低温調理は家庭でもされる機会が増えているのか、その可能性に関する質問もありました。川崎先生が示されたマトリックスの空欄をどう埋めていくか、ということにもかかわってきますから。

門上 低温調理は料理人の中でもいろんなアプローチがあって、高橋さんの火入れでは、真空調理とか、最終的には揚げることもありましたね。

高橋 日本料理では基本的に低温調理というのはないと思っています。普段、火入れの基本は炭火ですから。スチコンも使いますが、同じ料理を数多く作る
時に使うくらいです。低温という考えは食材の中に自然につくりだされるものでいいのかなと思っています。肉の場合、火が入ってこそ肉の味がわかる。肉は火を通すものだと考えているので、低温調理の概念はなく、表面に高温で香りをまとわせて作るのを基本にしています。あえて低温で調理したとしても最終的には高温で火入れをする。私のグループには給食関係の方がおられて、安全についての議論がありましたが、低温で調理する場合、確かな知識と技術が必要かなと思いました。

門上 山口さんは火入れに関してリスク回避がいかに大事か強調されていました。吉岡先生、低温調理についてはどのようにお考えですか。

吉岡 中国料理の鶏の唐揚げがわかりやすいかと思います。下準備をして塩などの下味を入れることで加熱した時の「保水性」「接着性」などの効果が期待される。通常はしばらく置いたものに衣をつけて揚げる。切ってみないと火が適度に通っているかわからないのでは、おいしさも安全も担保できない。下味を入れた肉を一度加熱する。硬い肉は煮込んで、柔らかい肉は56℃~58℃でロゼにする。魚は低温で蒸すなど。それに衣をつけて一気に高温で揚げて仕上げる。最後の仕上げはメイラード反応と食材が温まることしか考えない。これでリスク回避をおこなっています。先進の加熱法が開発されていますから、それを採り入れることはあります。低温をいかに使うかも現在の中国料理に入ってきている。油を介在する料理が多い中国、鶏の唐揚げでも触れましたが、代表的な炒めでは肉を低温で油通ししてから最後に一気に強火で炒める。肉類の油通しは低温で柔らかな火通りを求め、仕上げでは熱せられた高温の鍋肌に肉が接することでメイラード反応や時にはカラメル化が起こって香りがよくなり料理も熱い。各工程の中で低温調理は使われています。

門上 川崎先生が示されたマトリックスでは、低温で超長時間の部分が空いています。低温調理について補足することがありましたらお願いします。

川崎 調理現場では低温とは60℃くらいを指していて、30℃を低温調理とはいわない。80℃だとコンフィになる。温度帯を60℃前後とした時、低温調理に限らず、微生物コントロールができない料理は出してはいけない。そこが大前提で、家庭でできるかというと、かなり注意が必要。最近、低温調理の機械が売り出されているんですけど、怖いですね。60℃の温度帯には切り口が二つあって、一つは微生物が繁殖しやすい温度、酵素が働きやすい温度。それにタンパク質が変性を開始する温度でもある。微生物が繁殖しやすいから、昔の料理はその温度帯をできるだけ早く通過させることが経験的に求められていて、そういう技術が確立しているのが伝統的な料理だと思います。ところが、今は微生物をコントロールできる前提で、60℃で長時間やろうとする。なぜそれを求めるか。60℃では酵素がよく働く。酵素にはいろんな種類があって、本日の料理実演で活用されたのはタンパク質の分解酵素でした。タンパク質の繊維が切れるから物理的に食感が柔らかくなる。切れてアミノ酸になるから、うま味が強くなる。

門上 低温調理には、技術も相当必要だということですね。

山口 今日は火入れということで、肉のタンパク質にはどういう種類があるか、それをどう調理するかがわかってもらえればよいと思います。料理というのは、火を入れてから成形するまで料理人がつきっきりでないといけない。例えば200℃のオーブンでローストビーフを作る時なんかそうでしょう。飲食業で収益性を考える時、安全が確保されている前提で、担保できている状態とメイラード反応のところのわずかな時間で料理人が携わって済むなら効率がいいことになる。低温調理が良いとか悪いとかではなく、そういう技術をもって我々の業界が変わることができるなら活用しなければならないと、僕は考えています。

門上 次は、高橋さんからグループでの報告をお願いします。

高橋 飲食関係だけではなく、食に携わるいろんな方がおられました。肉に関しては、どういう技法を選ぶか、どんな下処理をするか、塩をあてるかあてないか。火入れでは、どういう工程で、温度帯でなど、最終的には肉のどういうおいしさを目指すのかに関心が集まっていました。表面がパリッと焼けているか、徐々に冷めていったグラデーションのおいしさなのか。いろんなおいしさがあり、火入れの仕方があるんですが、みなさんが肉を食べる時に求めているのは「香り」と「食感」と「ジューシーさ」が多かったのではないかと思います。牛以外に豚や鶏についての意見もありましたが、それぞれに扱い方も温度帯も変わっていく。その中でみなさんが意識しているおいしさは、先程の3つの部分にコメントが多かったと思います。

門上 関心が高かったのは、香りと食感とジューシーさということですが、これについて山口さんはどう思われますか。

山口 そこに意識が集まるのは、それがおいしさということだからですね。突き詰めていくと、タンパク質と脂質と糖質の3大栄養素を、どう兼ねるかが「生きるための食事」。「脳で食べる」ことでは、そこを外してみると食のエンターテインメントが始まるのかなと思われます。生きるために私たちが与えられた能力以外で、食を創造するとなると逆に今の3つ以外に可能性があるような気がしますけど。

山根 僕も『エル・ブリ』で食事したことがあるんですけど、山口さんがおっしゃる通りで、彼らは単純においしくしようとはしていないのではないかと感じました。エンターテインメント性を重視していて、まさに普通に感じるおいしさとか、身体が欲求する必要な要素を完全に外すと、こういうことになるのかなという感じ。『エル・ブリ』が成功したのは、エンターテインメントに徹したところですね。逆によくやったなと思います。センスも必要ですから、なかなかできない。みんな、おいしくしたくなるんです。

門上 「おいしい」という表現の曖昧さというか、これほど当てにならない言葉もないのですが。

吉岡 人類には約7000年に及ぶ文明史があり、その中で食物連鎖における人類の立場が被食から捕食のみを確保した段階から体内に取り入れた食物(肉類)から、いかに効率よく栄養を摂取するかが基本的な考え方で加熱調理法の発展へとつながった。そういう意味では、命をつなぐためにスタートした火食が現在はおいしさのキーワードとなる、火食は食文化の大きな部分を担っているなどと感じながらお聞きしていました。

川崎 何をもって新時代とするか。技術的に新時代を迎えるのは難しい。「料理人がどういう思いを料理に込めるか」を考えたらいいかなと思います。思いにサスティナビリティを込めたいなら、そういうやり方で。栄養を摂らせたい料理人は、そういう技術を使う。「お腹いっぱいになりたい」人は、『エル・ブリ』へわざわざプライベートジェットに乗ってまで行かないと思います。新しい体験をしたいから行く。これからは「体験の時代」になっていくのだろうなと思っています。

「パネルディスカッション 2」につづく