「肉と火入れの新時代」

開催日:2019.7.7

Program 2:料理実演と試食 [フランス料理] 1/2

山口 浩氏
「神戸北野ホテル」総支配人・総料理長
料理
「肉の火入れの新時代(山口)」

本日の料理自体はそんなに難しいものではなく、「肉を新しく調理する」ことを考えてきました。どういうふうに作ったか、頭の中を見ていただくにはわかりやすいと思い、スライドで発表します。この10年間、関西食文化研究会で学んだこと、そこから派生した情報を集約しただけかもわかりませんが、デザインする時にはロジックが大切だと思うからです。

■Presentation「肉の火入れのデザイン」

●「食べる」とはどういうことか。「身体をつくるための食事」「脳を喜ばせるための食事」の二つがある。ホテルで提供しているのは、どちらなのか。科学的な考え方と科学技術、この二つを融合させることによって創造性が刺激されるのを関西食文化研究会10年間で実感してきました。「脳を喜ばせるための食事とは何か」を考えるなら、「おいしさの科学」を知る必要がある。

●近代以前、ヨーロッパの料理は長時間煮込んで、エキスを抽出して栄養素を効果的に摂取したいと、限られたものの中からどんどん煮込んでいく。カロリーが高い油脂とかが喜ばれる、そういう料理でした。

●1970年代に起こったヌーベルキュイジーヌは、栄養学の発達とともに調理時間を短縮しながら栄養を凝縮する、科学的、論理的なアプローチから生まれた手法です。私は1960年生まれで20歳を超えたくらいから料理人になった1980年代、デミグラスソースのようなとことん煮る料理から新しい料理に変わっていきました。ジュ・ド・ヴォー、ブイヨン・ド・レギュームなど、効率的に「だし」をとって料理にしていく動きです。

●そして分子ガストロノミー(ガストロノミー・モレキュール)の登場。それまで影響を受けてきた伝統を断ち切って、創造性を発揮できる時代になってきた。科学的に自由に料理を考え、その表現方法が生まれて、このあたりから「脳を喜ばせるための料理」が認められたのかなと考えています。『エル・ブリ』の料理は写真を見ると「どうやって作るの」と思いますが、食べにいくと意外と仕組みがわかり、「脳で食べる」とはどういうことかを実感しました。イノベーションを起こして料理界に貢献されたのは確かでしょうが。

●世界の現状。「フランス料理から離れて自由に料理を考えていいんだ」と『ノーマ』の料理長レネ・レゼッピが言うようなことが、今、どんどん広がっていって、北欧や南米とかの料理もフューチャーされている。そういう時代に入ってきた。「創造性が形成された」こと、これが最も重要だと思います。

●現在、注目される動きに、野菜とかハーブを使い肉を使わない料理法がある。これは、伝承と経験、個々の自助努力によって進化した食事に、食の未来への継承を取り入れた料理へシフトしようとしていると思います。サスティナビリティ(持続可能性)を踏まえた形で、こういうことが起こっていると思います。

●本日は「肉」ですが、魚も肉かと、でも、魚のうま味の出し方と肉のうま味の出し方は基本的に熟成でも少し違うので、魚についても話したいと思います。
魚の熟成(参照:表1)は、ATP(アデノシン三リン酸)の分解です。これは血液中にある物質と考えていい、細胞です。これが魚の筋肉を引っ張る時は、あまり使わない。伸びる時にエネルギーを使う。この時、どういうことが起こっているか。魚が尻尾を動かす。アデノシン三リン酸が加水分解されて二リン酸、一リン酸となって、その都度エネルギーが発生する。生体で生きている時は、これが循環するのですが、その次に起こるのが「熟成」。イノシン酸に変わる。三リン酸が一リン酸になってイノシン酸になっていく。これが一連の変化で起こると認識されています。結果的にはイノシン酸、ヒポキサンチンに変わってきますが、少し熟成臭がする。これがおいしいという考え方もあるかもしれないですが。さらに進むと腐敗になる。

表1:魚の熟成:ATPの分解

●ここで宣伝です。日本には「魚を締める」という調理法があります。この技術によって魚を高鮮度で流通させる。その技術についてご紹介したいと思います。みなさんのタブレット、パソコンからYouTubeを開いて、「ルレ・エ・シャトージャパン」、「魚を締める」と出てきますので参照ください。鮮度もアデノシン三リン酸がグルタミンの量によって数値化されています。

●魚の熟成ですが、最大限の熟成と代謝が行なわれていきます(参照:表2)。再合成されて一リン酸になったものが、また三リン酸になる。呼吸とか生体で。生命活動が止まると酵素、ADA(アデノシンデアミナーゼ)が働いて、イノシン酸に変わり、うま味、熟成がピークに達して、その後に腐敗になっていく。

表2:魚の熟成:最大限の熟成と代謝

●肉の場合はどうか(参照:表3)。鎖のようなイメージですが、タンパク質がペプチドになる。タンパク質のつながりの最小限はアミノ酸ですが、その前にペプチドになる。この時は鎖が長いから人の味覚のセンサーに引っかかってこない。だから、うま味がないと僕は認識して絵を描いていくんです。それが一番小さい最小単位、アミノ酸になった時、うま味を感じる。タンパク質をどう変性させて、うま味までもっていくかということが料理の胆なのかなと思います。これが「熟成」ということだと考えています。

表3:肉の熟成

●うま味の物質の分類(参照:表4)。「アミノ酸系」と「核酸系」と「有機酸系」に分けられる。今回の取り組みで考えた時、頭の中で整理できなかったことは、酵素と酵母による熟成によって味が違うことです。肉でも酵母を使うとドーンと重く感じてしまう。肉の中にある酵素の働きでタンパク質をプチプチ切っていったものを食べたらスッと入ってくるんですが、酵母菌をつけたりすると重たく感じる。僕の中ではまだ整理がついていません。

表4:うま味物質の分類

●肉の火入れの目的は何か(参照:表5)。まず「殺菌」が胆だと思っています。本日のデモンストレーションでも、ここが一番の胆です。「タンパク質の熱変性」をさせて弾力を増して歯切れよくする。歯切れがいいのは、どういう状態か。それはタンパク質を何℃で変性させたらいいか。高橋さんの肉の料理と僕の肉の料理は、到達するところが違うので必然的に変わってくると考えてください。「コラーゲンのゼラチン化」によってサスティナビリティも生まれる。あとは「メイラード反応」。メイラード反応は156℃から加速度的に起こる。火入れの目的は、この4つを押さえながら「肉とはどういうものか」、まず肉を知らないとデザインできない(参照:表6)。水分をタンパク質で包んだ物質が集まったものが肉だとイメージしながら火入れします。肉にもよりますが、ほぼ70%が水分で「どれだけ水分を表に出さずにタンパク質を変性させられるか」を考えることが基本になっています。肉料理の目的、それが調理の醍醐味だと考えました。

表5:火入れの目的
表6:火入れの目的:肉を知る

●殺菌についてです(参照:表7)。「殺菌」は細菌が発生しないようにすること。細菌は肉の表面に多いのですが、中に入っていることも考えないといけない。肉を買った時、汚染された包丁で捌かれていたりしたら、ちょっと怖いことになる。表面殺菌すれば基本的には大丈夫なんですが、新しい調理法である低温長時間調理とか低温超長時間調理に関しては、内部の細菌汚染の危険性をわかった上で調理作業をしないといけない。近年は家庭用の低温調理器もありますが、家庭で使うなら特に衛生面での配慮が必要になります。細菌汚染は弁当を素手で作って子どもがおなか痛を起こすようなレベルではないので、注意してください。本日は7000分の低温超長時間調理です。事前に研究所に出して食中毒菌の検査をしています。腸炎ビブリオ菌とか大腸菌に関する菌は全く検出されなかったので、エビデンスがありますからご安心ください。

表7:火入れの目的:1殺菌

●殺菌の温度と時間の相関性(参照:表8)。細菌は60℃以上、5~10分加熱すると死滅する。しかし、肉の色も変わってくるし、60℃まで上げたくないんです。57℃で調理したい。そうするために、長時間かけることによって細菌も死んでしまうんですね。表面の細菌は完全に殺したいなと思いましたので。やり方は後でお見せします。

表8:殺菌の温度と時間の相関性

●タンパク質の熱変性について(参照:表9)。肉を加熱することは肉のタンパク質に熱を加え、肉の温度を上げること。肉には、ミオシン、アクチン、コラーゲンのタンパク質があるわけですが、ミオシン、アクチンは、もともと柔らかいタンパク質です。コラーゲンは90℃からということがありましたが、56℃で長時間加熱することでコラーゲンも変性します。

表9:火入れの目的:2たんぱく質の熱変性

「料理実演と試食 [フランス料理] 2」につづく