「肉と火入れの新時代」

開催日:2019.7.7

Program 1:レクチャー 1/2

川崎 寛也氏
農学博士、「味の素株式会社 食品研究所」主任研究員
基調講演:『料理人のための「肉の火入れ」のサイエンスとデザイン』

ブリア=サヴァランは「料理人にはなれても、焼肉師の方は生まれつきである」という言葉を残しています。肉を焼く調理には技術だけでなく生まれつきの才能も必要だ、と。現代なら、科学的な原理原則を理解すべきだろうということで、話を進めます。シンプルに考えましょう。「火入れ」とは何か。「火が入る」とは情緒的な言葉ですが、「温度を上げる」と考えればシンプルです。肉の「どの部位」の温度を「何度」上げるか。でも、それが難しい。食材は細胞の集まりですが、細胞が組織になり、組織によって性質が異なる。筋肉は筋線維という細胞の集まりで、その周りにコラーゲンが巻きついている。さらに筋肉はコラーゲンで骨とくっついている。いろんなものの集まりにもかかわらず、オーブンとか炭火とか一つの熱源で加熱する。それぞれ違うものを一つの熱源で加熱することで難しくなる。

■「火入れ」のデザイン(参照:表1)

そもそも調理で何度まで上げるか。どういう成分とどういう構造が変化するか。お客さんの口の中で、どう感じさせるか。「調理の温度」「成分と構造」「感覚」この観点で話したいと思います。

表1:火入れのデザイン

・加熱温度の選択に必要な判断(参照:表2)は、素材×下処理×温度×時間。塩溶性タンパク質を溶かしたいのか。タンパク質にもいろいろあって、塩によって溶解するタンパク質がある。また、離水をどの程度させたいか。筋線維同士を離したいかどうか。表面にメイラード反応を起こしたいか。これらのことを料理する前に決める必要がある。それを決めて、どういう仕上がりにするかに近づけていく。

表2:加熱温度の選択に必要な判断

■調理の温度

フランス料理では、塩を回しておくとシャルキュトリー(ハム・ソーセージ)に近づくこともあるので塩を回さずに加熱することが多い。しかし中国料理の場合、塩は粉の塩だけでなく、塩を含む調味料を使ってマリネした後、加熱する。何が違い、どこがどう変わるのか。どういう仕上がりになるのかを塩の話で詳しく話します。

・まず「塩をする」とは何か(参照:表3)。細胞があります。細胞の塩の濃度は0.9%。それよりも低い濃度の水分が周りにあれば、その細胞はどんどん「膨張」する。細胞の濃度より高い食塩濃度だと細胞はどんどん小さくなる。つまり「脱水」です。塩をすることで表面にどういう影響を与えるか。肉の周りに水分がある。そこで塩をすると、一時的に塩が溶ける。超濃厚な塩の溶液ができるので細胞が濃い食塩水に覆われることになり「脱水」が起こる。塩をして置いておくと水が出る。その食塩水は、アミノ酸の肉汁が含まれた水になる。

表3:「塩をする」と浸透圧

・動物細胞と植物細胞では違います(参照:表4)。植物細胞には細胞壁がある。細胞膜は両方にあります。塩をすると水が出てくる。水にはいろんな成分が入っていて、もともとの細胞の中に入っているいろんな成分が違うので出てくる水というか液体の成分も変わってくる。細胞膜は半透性といって選択的に物質を通しますが、加熱するとその性質がなくなる。ブイヨンとかフォンを取る時、塩をしておくと浸透圧の影響で「だし」が出やすいとフランス料理ではいわれることもありますが、そういうことはありえない。なぜかというと、ブイヨンを取る時、0.9%までそんなに塩を入れない。ですから、浸透圧で「だし」が出やすくなることはありえません。

表4:植物細胞と動物細胞の違い

・塩の影響(参照:表5)。塩をすると、その塩は中に入っていきます。そこが今日の問題で、筋肉タンパク質のうち、塩に溶けるタンパク質を「塩溶性タンパク質」といい、それを溶かします。見た目、ゼリーっぽくなります。それで高温に加熱した時、「保水性」が高まる。中国料理や日本料理で塩をしておいた肉を加熱すると、60℃以上に加熱しても、しっとり感が残る。それは塩の影響です。塩によってタンパク質が分解してアミノ酸が増えることはありません。塩で分解しているのではない。塩をしてアミノ酸が増えたというデータはありますが、タンパク質分解酵素の酵素反応が変わるからです。「塩でタンパク質が分解しているのではない」ということです。ここが勘違いしやすいところです。塩をすると「塩溶性タンパク質」が溶けて、加熱した時に「保水性」が高まるのです。

表5:塩の影響

・なぜそんなことをするのか。それは、熱源との関係です。特に日本料理の場合、炭火の加熱が前提です。火入れの前に塩または塩を含む調味料でマリネすることによって炭火の高温で加熱しても保水性を保っていく。先日、NHKが取材された『菊乃井』で試した計測では、シマアジに塩をして3時間おいて炭火で焼いた時、75℃まで上がっていました。普通、魚をそのまま75℃まで加熱したら身がパサパサになるんですが、事前に塩をしているからしっとりしている。塩をするかどうかは温度と関係がある。

・「酸」にもそういう効果があります(参照:表6)。柑橘類の酸の効果もあります。
昆布締めした肉は加熱すると、さっくりとした食感になる。昆布締めをフランス料理に応用するという取り組みです。昆布締めをすると何が起こるか。昆布は乾燥していますから水分を吸収して筋線維同士がくっつきます。昆布からのアミノ酸、グルタミン酸が肉に入っていく。脱水と中の成分、二つの作用で昆布締めの独特の食感がある。昆布締めの良いところだけをフランス料理に応用するため、昆布の匂いを取りたいので、昆布に白ワインを塗ってオーブンで加熱することでメイラード反応を起こして香ばしい香りを昆布につけ、さらに燻製をかけた昆布を作る。それで豚肉をマリネして焼きました。塩をしていないが、グルタミン酸のうま味があるので、塩をしてなくてもおいしい料理ができました。しかも昆布臭くない。食感は、ねっとりではなく、さっくりします。

表6:柑橘類の酸の効果

■温度と食材の成分・構造(参照:表7)

肉、魚、野菜、根菜を横軸に、縦軸は温度で、どういう変化が起こるか比較してみました。以前、「50℃洗い」みたいな言い方で、ぬるいお湯で肉や野菜を洗うとおいしいというのがありましたが、食材によって温度は違うものなのに同じように60℃で洗うというのは、最適になっていないはずです。60℃で肉類は離水が起こる。魚は低い温度で離水が起こってコラーゲンのゼラチン化が起こる。野菜は細胞壁の周りにペクチンという接着剤があるのですが、PME(ペクチン硬化酵素)が活性化し、硬くなる。全部違う反応が起こる。一つの鍋の中で同じ温度で加熱するのは、どこを狙おうとするのか、別々に分けて考えることが大事です。

表7:温度と食材の成分・構造(ざっくり)

・肉の温度による変化は、ある程度決まっていて(参照:表8)、筋肉細胞はタンパク質ですから58℃で変性を始める。魚についても表の通り(参照:表9)。

表8:肉の温度による変化
表9:魚の温度による変化

・小羊肉はなぜ繊細な火入れが必要か(参照:表10)。小羊肉は脂肪の融点が45℃〜55℃と高い。タンパク質の離水は60℃で決まっています。脂肪の融点は高い。脂肪を溶かしたい。でも、タンパク質の離水が60℃で終わるので、できれば56℃くらいにしたい。さらにもっと低く。「脂肪が溶ける温度」と「肉が変性する温度」のバランスが難しいので小羊肉は難しい。口に入れる時点で60℃だと温かいと思う。そのバランスがあるので小羊肉は難しいとされています。

表10:子羊肉はなぜ繊細な火入れが必要か

・肉の柔らかさには2種類ある(参照:表11)。コラーゲンが収縮せずに筋線維タンパク質が凝固する前のロゼの状態は柔らかい。もう一つの柔らかいという印象は、コラーゲンがゼラチン化(水溶化)し、筋線維同士が離れるまで加熱した状態がほぐれて柔らかい。繊維感が出て、ほぐれる感じになります。

表11:肉の柔らかさには2種類ある

「レクチャー 2」につづく